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2019年4月の14件の記事

2019/04/30

台湾の紅毛港保安堂例祭(蓬38号慰霊祭)

先日のエントリー『台湾籍日本人の国籍復帰と戦後補償』でご紹介しましたが、台湾の紅毛港保安堂というところでは台湾沖で沈没した蓬38号の英霊を供養してくれています。

たまたまツイッターで台湾人の方が、その例祭(慰霊祭?)の動画(ニュース映像:三立新聞台)を紹介してくれているのを見つけたのでご紹介します。

詳細は上記記事をお読み下さい。

 

繞境奇景!丁字褲扛神轎 日軍艦遊街|三立新聞台

関連記事: 紅毛港繞境奇景!丁字褲扛日式神轎 全台唯一供奉日本軍艦

 

直感でタイトルを読むと、「褌姿で神輿と日本の軍艦が町を練り歩く」、みたいなことが書いてあるのではないかと思います。

記事もありましたが、なぜ、担ぎ手がマスクを付けているのかなど、詳しいことは分かりません。

 

以下、記録としてキャプチャをいくつか保存しておきます。

 

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この方は先日、沖縄の護国神社にもいらしてた方です。

 

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露朝首脳会談の陰で北朝鮮幹部が亡命(西岡力氏、青山繁晴氏談)

先日、ウラジオストクで露朝初の首脳会談が行われましたが、金正恩氏は予定を早めて帰国ということも報じられました。

その直接の理由かどうかは分かりませんが、会談の陰で、北朝鮮の幹部級の人間(2人?)がロシア経由で亡命したそうです。

このことは昨日(2019/04/29 月)の虎ノ門ニュースで青山繁晴氏が語っていましたが、これを裏付けることを、前日、西岡力氏もチャンネル桜主催の「主権回復記念日国民集会」の場で語っていました。

 

https://www.sankei.com/world/news/190426/wor1904260020-n1.html
訪露中の正恩氏、複数行事出席取りやめ 帰国も前倒し
2019.4.26 12:05

 【ウラジオストク=小野田雄一】25日にロシアのプーチン大統領との首脳会談を終え、ウラジオストクに滞在中の北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が26日に参加を予定していた複数の行事がキャンセルされた。帰国も前倒しし、同日午後にロシアを離れる。イタル・タス通信などが報じた。

 金氏は26日午前に、ウラジオストクに拠点を置く露太平洋艦隊の記念碑に献花する行事に露沿海地方のコジェミャコ知事とともに参加する予定だったが、約2時間遅れで現場を訪れた。

 報道陣には、露当局から「北朝鮮側の都合でキャンセルされた」と一時説明されていた。その他、水族館視察や観劇も計画されていたが、これらは中止になったもようだ。

 金氏は27日までウラジオストクに滞在するとも伝えられていたが、帰国は1日早まった。スケジュールが変更された理由は明らかになっていない。26日午後に送別式典が行われ、専用列車で帰国の途につくという。

 金氏は25日にプーチン氏と初の露朝首脳会談を実施。北朝鮮の非核化や経済制裁の緩和に向け、共同対処する方針を確認していた。

 

どちらも短い言葉なので、それぞれの発言の要旨を書くと、

 

  • 西岡氏: 4月17か18日頃、大使級の外交官が逃げた。ベラルーシ迄行き、そこで亡命申請。(3つくらいの情報筋より得た情報)
    また、3月にも国家保衛部の幹部5人が逃げている。
     
  • 青山氏: 露朝会談で事前交渉をしていた北朝鮮側の幹部が2人逃げ、既に米英に保護されている。

 

と言うことです。

確か、金正恩氏の「執事」と呼ばれる人物が先乗りして事前交渉をしていたと報じられていましたが、おそらくそれに随行していた人物でしょう。

 

以下、ソース。

 

4.28 第23回 主権回復記念日国民集会-国家主権の尊厳の再確認を!

 

虎ノ門ニュース(2019/04/29) 放送終了後2週間くらいまで視聴可

 

 

  


 

 

 

2019/04/26

台湾籍日本人の国籍復帰と戦後補償

前回、『台湾人日本兵戦後補償請求訴訟』についてエントリーしましたが、その続きです。

昨日(4月25日)のチャンネル桜『沖縄の声』でこの問題と、沖縄の護国神社での第六十一回春季例大祭の模様を放送しており、この2つは全く無関係ではないので併せてご紹介します。(動画とは前後しますが、まずは「台湾籍日本人」の問題から。

 

【沖縄の声】特番!沖縄県護国神社 第六十一回春季例大祭/台湾籍日本人の国籍復帰と戦後補償[桜H31/4/25]

出演: 江崎 孝(沖縄支局担当キャスター)
ゲスト: 錦古里 正一(日本台湾平和基金会 理事)、楊 馥成(日本台湾平和基金会 副会長)

 

  

台湾籍日本人の国籍復帰と戦後補償

 

20190425_chsakura01

 

前のエントリーでも『台湾之塔』の建立に尽力された「日本台湾平和基金会」についてメモしておきましたが、やはり想像したとおり、この団体がこの件でも活動していらっしゃるらしく、楊 馥成(よう・ふくなり)氏は現在、沖縄に住み、この会の副会長もなさっているそうです。

前回書いたように、日本人として生まれ、日本軍人として国のために戦った台湾の方々は、終戦と共に台湾では敵のために戦った国賊とされ、楊氏は7年間投獄、拷問も受けたそうです。

その後も続く国民党政権下で迫害されたため、中国で暮らしていたそうで、その間、朝鮮戦争で亡くなった日本人の供養のために墓地に桜を植える活動(※)などもなさっていたそうです。

つまり、楊氏はずっと日本人として生きてこられ、日本人として死にたいと、帰化申請もされていましたが、他の台湾籍日本軍属の生存者とともに、そのことを認めて欲しくて、現在、戦後補償の裁判の準備を進めているとのことで、それに関わっていらっしゃるのが、孔子廟訴訟の原告側弁護士のお一人、徳永氏、ということらしいです。

 

韓国の「慰安婦訴訟」や「(自称)徴用工訴訟」とは意味が全く異なるのです。

このあたりを勘違いされないよう、どこかの新聞が上手く報道してくれないだろうかと思っているのですが...

 

※番組では大連市の近くの瓦房店(がぼうてん/ワーファンティエン)の墓地に眠る日本人のために桜を植えた話が出てきました。画面に表示される新聞は鮮明ではないので細部が不明なのですが、お話と総合すると南満鉄道の付属病院で働いていた女性で、墓地に眠る日本人の供養をされていた方がいて、その方の遺志を受け継いだそうで、しかい、日本人ためだけに桜を植えるというわけにはいかず、墓地全体に5880本の桜を植えたということです。

場所は、「烈士陵園」(簡体字では「烈士陵园」)という墓地らしく、新聞記事に添えられた写真のキャプションは「人民解放軍兵士らと桜を植える楊さん」となっています。

 

20190425_chsakura04

 

 

下の画像は『NHKの偏向番組「Japanデビュー」1万人訴訟に見る、メディアに対する訴訟の難しさ』というエントリーに掲載したチャンネル桜の動画のキャプチャで(2009年頃/台湾)すが、一昔ほど前にはこのようなお年寄りが台湾にはたくさんいらしたのです。

 

Japan_debut04

 

 

台湾の鳳山紅毛港保安堂で供養されている日本人

今回、護国神社の春季例大祭に台湾から参加された方々がいらっしゃいました。この方達は、動画でも説明されるとおり、台湾沖で沈んだ軍艦の乗組員(145名)の内、9名の沖縄出身者を供養するために来沖されました。要するに、9柱の御魂(みたま)を沖縄に連れて帰ってきてくれたものです。

 

20190425_chsakura02

 

今後は保安堂と沖縄護国神社とで交流していきたいとのことです。

 

番組では詳しい説明は省略されていましたが、「保安堂」と呼んでいるのは、台湾で蓬(よもぎ)38号の英霊を供養してくれている「鳳山紅毛港保安堂」のことです。ここは、知っている人は知っているという場所で、前述のように日本人を祀ってくれているのですが、軍艦の模型がご神体と共に祀られていることで有名なのです。

 

Patrol Boat No. 38 01

 

動画のキャプチャ、中央左寄りに「蓬(よもぎ)38號(号) 艦長 高田又男」という文字が見えますが、上の模型の軍艦にも「38にっぽんぐんかん」という文字が見えます。

詳しい経緯は『日華(台)親善友好慰霊訪問団』のサイトにある「保安堂」の項に詳しいので、ここでは、この模型が作られるきっかけとなったエピソード部分のみを引用させて戴きました。(全文は上記リンク先でお読み下さい。)

 

戦後まもなくのことである。大東亜戦争時に沈没した大日本帝國海軍艦艇のある沖合いで漁をしていた漁民の網に2つの頭蓋骨が掛かった。漁民はその頭蓋骨を丁寧に引き上げ埋葬し、手厚く供養した。すると、それ以降、大漁が続いたため、昭和28年(1953)には保安堂を建設して祈りを捧げ、いつしか守り神として信仰を集めるようになった。

昭和43年(1968)、蘇現という年老いた漁夫が朝早く出漁したときのことである。その日は湿った空気が流れ込んで妙に蒸し暑く、つい船上で居眠りをしてしまった。すると、夢の中に弔われた2人のうちのひとりという男が現れた。「私は日本海軍38号哨戒艇の艦長だが、大東亜戦争で戦死した。ついては帰国したい。船を造ってもらえまいか」と告げた。

こうして平成10年(1998)、満艦飾の軍艦模型が完成した。全長2メートルほどの大型で、電源を入れると4つの砲台がくるくる回り始める。当時、日本海軍が持たなかったミサイルまで載せ、漁民たちが霊が喜ぶよう想像を凝らす姿が目に浮かぶ。船体には「にっぽんぐんカん」と記されて、御神体同様に安置されている。日本に帰れるようにとの思いを込めて造られたもので、漁民は海の安全や大漁を願って朝晩に祝詞として「軍艦マーチ」を流す。

 

昨年、我那覇真子さんが、チャンネル桜のご自身の番組『おおきな輪』でもここを慰霊に訪れていたので、後ほど動画を探したらリンクなどを貼っておきます。

また、今回ご紹介した動画で新たに分かったことを踏まえ、前回のエントリーも追って加筆修正しておきます。

 

  


 

 

 

2019/04/24

台湾人日本兵戦後補償請求訴訟

公開: 2019-04-24 22:39:19  最終更新: 2019/04/26 11:27 

※公開後、もう少し詳細が分かったので加筆修正しました。このエントリーの続きは、次の『台湾籍日本人の国籍復帰と戦後補償』に記していますので、併せてお読み下さい。

 

今日、たまたまネットで聴いたラジオ「沖縄防衛情報局」(YouTube)で知ったのですが、「台湾人日本兵戦後補償請求訴訟」の準備が進んでいるそうです。

「沖縄防衛情報局」とは、沖縄で保守活動を行っている我那覇真子さん一家とブログ「狼魔人日記」の筆者である江崎孝氏がパーソナリティを務める番組ですが、それだけでは少し飲み込めないところもあって調べてみました。

「台湾人日本兵戦後補償請求訴訟」と聞くと、韓国の「慰安婦訴訟」とか「(自称)徴用工訴訟」とかと同じようなものと思われるかも知れませんが、意味合いが全く異なります。ご存命の台湾人の元日本軍属の方達はお金より、日本人として戦ったという証が欲しいのです。

それを認めて欲しいが故の訴訟なのだそうです。

 

  

ご存知のように、同じ日本であった韓国はと言うと、日韓基本条約により、戦後補償という事実上の賠償金のようなものを日本は支払いました。それを韓国政府が戦時徴用された韓国人にきちんと支払わなかったことが現在の「(自称)徴用工訴訟」に繋がるのですが、それはまた別の話で、日本は韓国人には補償をしました。

しかし、台湾に関しては、日本兵として戦った彼等には恩給などの補償もされず(詳細後述)、その後、台湾は蒋介石の国民党時代になり、彼等は迫害される立場になりました。

また、日本がその後、日中国交回復を重視し、台湾についてはなおざりにしてきたという背景もあります。

訴訟の原告になろうとしている方々の願いは日本軍人だったことを認めて貰って死にたい、ということだそうです。

 

「沖縄防衛情報局」を聴いただけでは分からなかったのですが、その後、調べたら、この訴訟の世話人となっているのは、先日、勝訴した「孔子廟裁判」の弁護士である徳永信一弁護士であることが分かりました。このことは、ニッポン放送のラジオ番組「須田慎一郎のニュースアウトサイダー」(3月16日放送)YouTubeで聴いて分かりました。

 

http://www.1242.com/lf/articles/166032/?cat=politics_economy&pg=outsider
弁護士徳永信一 「靖国神社参拝問題」や「台湾人日本兵戦後補償請求訴訟」を語る!
2019/03/22 13:00

(中央が徳永弁護士)

 

20190322_nippon01

 

※以下の記事部分はこのエントリーのテーマとは関係ないのですが、徳永弁護士のスタンスというか、過去に行ってきた弁護活動が分かるのでそのまま引用します。

靖国神社参拝訴訟はどうやって起きた?

東島: 徳永さんは1958年、昭和33年生まれ大阪府のご出身です。京都大学法学部を卒業され、司法修習生を経て、1988年に弁護士登録。大阪弁護士会所属の弁護士でいらっしゃいます。薬害エイズ事件、北朝鮮拉致問題などを積極的に担当されて2014年には首相による靖国神社参拝が憲法違反であるという、いわゆる「靖国神社参拝訴訟」では靖国神社を支援する代理人を務められました。

須田: 色々と注目を集めている裁判・事件を扱ってきたということなんですけれども、まず伺いたいのは安倍総理の靖国神社参拝が憲法違反だということで訴訟を起こされた際の法定代理人でしたが、これは何が問題だったのですか?

徳永: 遡って、小泉さんが靖国神社に参拝された時のことを覚えていらっしゃいますよね?小泉さんが参拝した後、日本全国で7箇所の裁判所に「政教分離に違反する=憲法に違反するんだ」という裁判がおこされました。これは憲法20条の「政教分離」に違反するから許されないぞと。しかも当時は珍しかったのですが原告たちをインターネットで募集して何百人も原告を集めて、訴えました。その中に在日韓国人だけでなく、在韓韓国人や在中中国人の方々が「アジアの人たちは怒っているんだぞ」ということで小泉さん・日本・靖国神社まで訴えたという事件がありました。私は当時は靖国神社も国も小泉さんもどの代理人も務めていないんですよ。

その裁判をやるときに彼らが言っていることは、「戦後の清算もきちっとされていない中で日本の首相が靖国神社に参拝するということは絶対に許されない!しかも靖国神社には私たちの祖先の魂が強制連行されてきているんだ」と言っていました。傍聴に行かれた遺族の方々がそれを見て、靖国神社が好き放題にやられているわけですよ。それに対して、当時の日本の裁判担当のお役人たちは積極的に反応しなかったんですね。それで靖国神社を大切に思う人たちの補助参加というやり方を考えて、彼らの裁判の中に割って入ったということです。

その裁判が小泉さん側の勝訴で終わったんだけれでも、今度は安倍さんが靖国神社参拝をした後、また同じ人たちが大阪と東京に同じような裁判を訴えたわけです。それで補助参加という形でまた裁判をやってきたというということです。

須田: そうすると一連の訴訟の背景に中国共産党や中国政府の意向というか狙いを感じることができるのですが、そのあたりはどうなのでしょうか?

徳永: そこについては流石の僕も慎重に言葉を選ばないといけないところなのですが、前面に出ているのは常に韓国の人たちなんですよね。それから北朝鮮。そしてその背後にやはり中国の影が見えるなというのはあって、その辺がスキッと見えたのがこの台湾人訴訟なんですよ。

須田: 今日のメインテーマでもあるのですが、台湾人の日本兵戦後補償請求訴訟という訴訟が提起されていて、これは入り口のところではやはり台湾人日本兵に関して戦後、賠償が行われていないからその補償を求めてという裁判ですよね?

徳永: もちろんそうですね。ただ、大事なことはその裁判はまだ起こしていなくて、今その準備をしているということです。

須田: 今、日本では徴用工の問題や従軍慰安婦の問題などを韓国とやっているわけですが、それに台湾の人たちも参加してきたという理解でいいわけですか?

徳永: それは全く違うんです!(続きは以下のラジオで)

 

須田慎一郎のニュースアウトサイダー 第59回 2019年3月16日放送分 ゲスト:弁護士 徳永信一さん

 

この番組を聴けば分かるのですが、日本の国会議員も、戦後なおざりにしてきた台湾籍日本軍属の補償問題について動いていたようですが、実現には至りませんでした。

また、「慰安婦問題」に関する「償い金」の支払いと一緒に補償金を支払う話もあったようですが、そのような形では受け取りたくないという気持ちから反対運動があり、実現しませんでした。

 

以下、これに関連する情報をメモしておきます。

 

沖縄県糸満市摩文仁の台湾人戦没者の碑「台湾之塔」

記事は掲題の件とは直接関係はありませんが、昨年(2018年)6月に「台湾之塔」を李登輝元総統が訪れて慰霊をされました。

 

https://vpoint.jp/okinawa/115161.html
中国の覇権主義を批判
2018/6/25(月)

 沖縄を訪問中の台湾の李登輝元総統(95)は24日、糸満市摩文仁の平和祈念公園にある台湾人戦没者の碑「台湾之塔」で開かれた慰霊祭に出席した。慰霊祭では、李氏が「為國作見證(国のために実践せよの意味)」と揮毫(きごう)した石碑を台湾人元日本兵らと除幕し、参列した日台の関係者約120人と共に新たな碑の設置を祝った。

 李氏は講話の中で、「戦争では多くの尊い命が犠牲になった」と涙ぐみながら、「先人たちが示してくれた道筋は、私たちの生きるべき道を示唆してくれている」と強調。「それが、碑に書かれている国のために実践するということで、平和、自由、民主主義が後世まで永続するよう願ってやまない」と述べた。

 李氏は23日夕、糸満市のホテルで開かれた歓迎晩餐(ばんさん)会では中国の脅威と日台連携をテーマに講演。「中国は周辺国と絶えず緊張状態をつくり出し潜在的な軍事衝突の可能性を生み出している」と指摘、「台湾も中国の軍事的恫喝(どうかつ)を受けている」と訴え、海洋進出を狙う中国の覇権主義を厳しく批判した。

 その上で、「日本の関与なくして朝鮮半島とアジアの平和は実現しない」と強調。さらに「自由や民主主義の価値観を共有する日台米が経済、文化、軍事面で連携して専制的な独裁国家(中国)の覇権主義を抑え込まなければならない」と訴えた。

 除幕式は日本台湾平和基金会(西田健次郎理事長)が主催。晩餐会は同会と日本李登輝友の会(渡辺利夫会長)が共催した。

 

 

日本台湾平和基金会のサイト

この団体(日本台湾平和基金会)この訴訟に関わっているということは後日分かりました。

「マスコミ報道」のページに「台湾之塔」に関する記事が多数掲載されています。下はその一つ。

 

『台湾』(中公新書/伊藤潔著) P.129~ 「戦時体制下の台湾人」

以前もこの『台湾』という本をご紹介したことがありますが、伊藤潔と日本名ですが、元々は台湾の方です。

この章から部分的に抜粋してご紹介します。

 

戦局の悪化と著しい兵員の消耗に伴い、1944年9月に台湾にも徴兵制が施行され、この時には2万2千余名が徴集された。(中略)終戦を迎え、あまつさえ日本の台湾放棄により、台湾人は「日本人」でなくなるのである。

1973年4月の厚生省援護局の史料によれば、戦争に駆り出された台湾人の軍人は8万433名、軍属と軍夫は12万6750名で、合計20万7183名であり、戦士及び病死者は3万3040名となっている。これは7人に一人の高率であり、終戦時の台湾の人口(約600万人)のほぼ200人に一人が戦争の犠牲になったことになる。

これら3万余名の台湾人犠牲者を始め、負傷した軍人、軍属、軍夫は、戦後、日本国籍を失ったことを理由に、なんら補償も受けていない。

その後、1974年末にインドネシアのモロタイ島に残留、30年ぶりに発見された元日本兵で先住民のスニオン(日本名は中村輝夫)の救出を契機に、台湾人元軍人、軍属、軍夫の補償運動が展開された。そして、訴訟では日本国籍の喪失を理由に敗訴となったが、1987年9月に成立した議員立法の「台湾住民である戦殁者の遺族等に対する弔慰金等に関する法律」で、戦病死と重傷者を対象に一人につき200万円の弔慰金が、日本政府から支払われた。

しかし、同じ「日本兵」として戦地で血を流しながら、戦後における日本人と台湾人の処遇には雲泥の差がある。また、アメリカやイギリス、フランスなどは宗主国として植民地の民を戦場に送った国々は、手厚い戦後補償を施している。この彼我の違いを見れば、台湾人に対する「一視同仁」や「皇民化」の同化政策は、ただの統治の手段に過ぎないと批判されても、致し方あるまい。

 

「沖縄防衛情報局」でこの話をされた江崎氏も徳永弁護士も中村輝夫さんについて語っていますが、ブログ主は、中村輝夫さんというは、たまたまつい最近Twitterで見て知りました。

小野田寛郎さんや横井庄一さんが発見された直後に見つかったそうですが、30年間、日本人と思って潜伏していた中村さんが故郷に戻ったときは、国民党の台湾でした。そのせいかどうかは分かりませんが、発見された当時は非常にお元気だった中村さんは台湾に戻られて数年後にお亡くなりになったそうです。

 

 

 

 

  


 

 

 

【アイヌ問題】アイヌ新法、4月19日成立

4月19日、アイヌ新法が成立しました。少しずつブログの下書きに関連情報をメモしていたので、一旦公開することにします。

 

既に、拙ブログではこの法律の問題点を何度も書いていたので、成立後のメディアの報道に対して論評するつもりでしばらく待っていたのですが、ブログ主が購読している新聞では、実にひっそりと成立を報じただけで、解説記事などはありませんでした。

下は翌日の読売の記事ですが、ブログ主は1度では見つけることができず、もう一度探してようやく見つけました。

 

  

20190420_yomiuri_ainu01

 

この画像をご覧になれば、第二社会面の下の方にベタ記事で報じただけで、一度では見つからなかった理由がお分かりだと思います。

 

「アイヌを日本の先住民」とする、などと、日本の歴史を書き換えるようなこんな重要な法律なのに、なるべく目立たせないように配慮しているのでしょうか。

ちなみに、産経の記事は、場所こそ二面でしたが、事実だけを簡単に記した、さほど大きくない記事でした。

 

 

「アイヌ新法」国会議事録

ブログ主は衆院、参院(共に国土交通委員会)、そして参院本会議の採決を部分的を見ましたが、衆参の委員会は各1回の審議で、質疑のみで討論すら行われないあっさりしたもので、閣法で成立は予定調和と言えど、ほとんど疑問が呈されないことには納得がいきません。

下は議事録等。(まだ、衆議院の分しか公開されていません。)

 

  • 2019/04/10 衆議院 第198回国会 国土交通委員会 第5号
     
  • 2019/04/11 衆議院 本会議
    【賛成】自由民主党; 立憲民主党・無所属フォーラム; 国民民主党・無所属クラブ; 公明党; 日本共産党; 社会保障を立て直す国民会議; 社会民主党・市民連合; 未来日本
    【反対】日本維新の会; 希望の党

  • 2019/04/18 参議院 国土交通委員会
     
  • 2019/04/19 参議院 本会議 採決の結果 
    投票総数:230 賛成:216 反対:14・・・日本維新の会(石井苗子氏は棄権)、希望の党
20190419_ainu_sangiin

 

なお、ブログ主も賛同していた「アイヌ新法反対署名」は希望の党の中山成秋衆議院議員により提出されました。(第198回国会 494 アイヌ政策の拡大に反対することに関する請願) 

中山議員は採決でも反対票を投じて下さり、この署名を集めていたお一人の砂澤陣氏によると、砂澤氏が面会した国会議員の中で唯一、「微力ながら反対した」という旨の報告があったそうです。

日頃、国益を語る自民党議員も、棄権ならまだしも、賛成票を投じたことはブログ主は絶対忘れません。(過去の活動まで全否定はしませんが。)

 

【動画】サルでも分かるアイヌ新法の危険性/アイヌは先住民族ではない

前述のように、既にブログ主自身ではアイヌ新法の危険性など、語り尽くしたので、ここでは動画をご紹介します。

 

【ch北海道】サルでもわかるアイヌ新法の危険性[H31/4/22]

キャスター:
小野寺まさる(前北海道議会議員)
本間奈々(札幌国際エアカーゴターミナル株式会社常務取締役)

 

【ch北海道】アイヌが北海道の先住民族ではないことを学びましょう[H31/4/15]

キャスター: 同上

 

下の画像は一つ目の動画より。(天皇陛下をお迎えして、一段高い壇上から見下ろす所謂「アイヌ」)

 

20190422_chsakura_ainu01

 

【報道】

ブログ主の手元にある新聞では、全く論評を加えていないのですが、左翼系の新聞では、「アイヌの権利をもっと認めよ」 という論調のようです。(同動画より)

 

20190422_chsakura_ainu02

 

しかし、一旦「先住民」と認めてしまった以上、今後は反日NGOが国連人権委員会で全力でアピールすることは火を見るより明らかで、必ずや、ここで主張していることは、いつものように「勧告」という形で日本政府に要求してくることになります。

下は、毎日新聞の記事。

 

https://newspass.jp/a/10v71
「生活支援」は見送り アイヌ新法、法の実効性課題に
毎日新聞 4/20(土) 08:37

(画像省略)2020年のオープンに向け、建設が進む国立アイヌ民族博物館。アイヌ文化の振興拠点・民族共生象徴空間の中核施設となる=北海道白老町で2019年3月27日、福島英博撮影

 19日に成立したアイヌ新法では、文化振興の拠点となる「民族共生象徴空間」(北海道白老町、愛称・ウポポイ)の管理や地域振興のための交付金制度が盛り込まれた一方、北海道アイヌ協会が求めてきた個人への生活支援や教育支援は実現しなかった。今後、法の実効性などが課題となる。

 

 道が実施した2017年の「アイヌ生活実態調査」では、大学進学率は33.3%で、居住地域の平均より12.5ポイント低く、生活保護受給者の割合も地域平均の1.1倍と、経済格差は解消していない。

 また、道が把握するアイヌも06年調査の約2万4000人から昨年は約1万3000人となり、アイヌを名乗り調査に協力する人が4割以上減っている。

 道アイヌ協会は、現在も差別や貧困が解決されていないとして、個人に対する生活支援などを求めてきた。新法の議論が始まったころは、生活・教育支援を目的とした内容も検討されたが、法案では見送られた。

 北海道大アイヌ・先住民研究センターの常本照樹センター長は「現状ではアイヌ個人の特定が難しく、アイヌ個人を対象とする政策を全国的に実施するのは難しい。(新法は)民族共生の理念に基づき、アイヌ民族が地域の人々と共に豊かになることを目指す日本型先住民族政策」と評価する。

 また、土地や資源の回復など具体的な権利についても踏み込まなかった。新法には、資源回復・補償を明記した先住民族の権利に関する国連宣言の趣旨を踏まえるとした付帯決議が付いたが、法的拘束力はない。

 国はアイヌに対し、土地や資源の権利回復、補償を一律に行うのは「国民理解が得られず新たな差別につながる」としている。

 平取町のアイヌで、研究のために発掘された遺骨の返還問題に取り組んできた木村二三夫さん(70)は「奪った権利を回復する。当たり前のことに理解が得られるようにするのは、国の責任と義務ではないのか」と憤る。

 創設された地域振興のための交付金は、市町村が計画を立案する。今年度の予算措置として10億円が盛り込まれているが、具体的な使い道などは今後の検討で決まる。高橋はるみ知事は「交付金の活用で、各地のアイヌの人たちに寄り添った施策が展開され、アイヌ文化振興と共に地域活性化につながることを大いに期待したい」とコメントした。【山下智恵、真貝恒平】

 

 

  


 

 

 

2019/04/21

ベルギー・アントワープの「フランダースの犬」の石碑が中国資本の像に変わったという話

毎日新聞の記事ですが、消えてしまうのが惜しい良い記事なので、本文を保存しておきます。

サイトには写真も掲載されているので、ご興味があれば、是非、毎日のサイトでお読み下さい。

 

https://mainichi.jp/articles/20190419/k00/00m/030/272000c
トヨタ寄贈の「フランダースの犬」記念碑はなぜ中国資本寄贈の石像に置き換わったのか
毎日新聞2019年4月20日 12時10分(最終更新 4月20日 12時31分)

 名作童話として読み継がれ、日本では1970年代にテレビアニメも大ヒットした「フランダースの犬」。ベルギー北部フランダース地方のアントワープにある聖母大聖堂は、主人公の少年ネロが最期を迎えた舞台として、今なお日本人観光客の「巡礼地」であり続けている。大聖堂の前にはかつて、日本とアントワープの友好の象徴として、物語をモチーフに建てられた記念碑があった。ところが2年半前に取り壊され、現在では中国資本が寄贈した新たな石像に置き換わっている。欧州で拡大する中国の影響力は、ここにも表れているのだろうか。フランダース地方出身のインターン記者と共に取材した。

 

大聖堂前の広場から消えた「日の丸」

 <パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ。パトラッシュ…>

 真冬のアントワープ聖母大聖堂。憧れの巨匠ルーベンスの祭壇画を目にすることができた少年ネロはその場で力尽き、愛犬パトラッシュを抱いて冷たい石の床に横たわったまま最期の時を迎えた。75年に放映されたアニメシリーズ「フランダースの犬」の印象的なエンディングである。

【画像省略】 「フランダースの犬」の舞台となったアントワープの聖母大聖堂=アントワープで2017年2月11日、八田浩輔撮影

 このシーンを想起させる少年と犬の白い石像が、アントワープ中心部にある大聖堂前の広場に完成したのは、2016年12月のことだった。寄贈したのは中国・深センに本社を置くジュエリーブランド「周大生」。石像のわきにあるパネルには、中国の人々と周大生が、アントワープのダイヤモンド産業に貢献したことへの謝意が記されている。港湾都市アントワープは、世界で流通するダイヤモンドの原石の8割が集まるダイヤ取引の中心地だ。

 広場の同じ場所にはかつて、日本の関係者の協力で03年に建てられた記念碑が存在していた。「フランダースの犬」は英国の作家ウィーダが19世紀後半に発表した作品だが、舞台として描かれたベルギーのフランダース地方では、物語を知る人は多くない。ゆかりあるアントワープにも「フランダースの犬」にちなんだ記念碑などは存在せず、現地の日本人社会が建造を働きかけたのだった。

 03年5月9日。記念碑の完成式典には当時の駐ベルギー日本大使やアントワープ市幹部らが出席し、日ベルギーの友好の証しとして両国の国旗も記念碑の上にかけられた。御影(みかげ)石で作られた記念碑は縦1メートル・横2メートル・高さ45センチの箱形で、ネロとパトラッシュを描いた円形のガラスが中心部にはめ込まれていた。夜間になるとガラス部分の内側から赤い照明がともり、日の丸のように浮かび上がる仕掛けもあった。4万ユーロの建設費はトヨタ自動車の現地法人が寄付し、上面には日本語でこう刻まれていた。

 <この物語は悲しみの奥底から見出す事の出来る本当の希望と友情であり、永遠に語り継がれる私達の宝物なのです>

【画像は別掲】大聖堂前の広場に新しく建てられたネロとパトラッシュの石像=アントワープで2019年2月1日、久野華代撮影

 碑文を考えたのは、ウェブデザイナーの日本人男性(50)だ。男性はそれまでベルギーを訪れたこともなかったが、「フランダースの犬」に関する情報を紹介するウェブサイト「PATRASCHE.NET」(パトラッシュ・ドット・ネット)を90年代後半から運営する筋金入りの愛好家として白羽の矢が立った。

 電話取材に応じた男性は「『フランダースの犬』は自分の人生にとって大切な宝もの。聖書と同じようなものです」と物語への思いを語る。テレビでアニメシリーズが放映されたのは、小学生の低学年のころだった。母がいない主人公ネロと同じ境遇で育った自分を重ね合わせて共感し、作品の持つキリスト教的なメッセージは、後にクリスチャンになるきっかけになったという。

 男性は数年前、記念碑が移動するかもしれないとの情報を現地の知人を通して耳にした。「最初はフランダースの犬が多くの人に広まるのであれば、残念だけどやむを得ないと思いました。でも……」。それからしばらくして記念碑は取り壊され、同じ場所にネロとパトラッシュの新しい石像ができたことを知った。

 男性は経緯を尋ねるために、現地の関係者や日本の外務省、在京のベルギー大使館などに問い合わせたが、現在に至るまで納得できる回答は得られていない。

 「寂しい思いしかない」。男性は何度も繰り返した。

 

「正しい方向であればスポンサーは誰でも構わない」

 記念碑はなぜ撤去されなければいけなかったのか。新しい石像の建造とスポンサー探しにかかわったアントワープの観光ガイド、タンギー・オットマーさん(37)を訪ねた。飼い犬をパトラッシュと名付ける彼もまた「フランダースの犬」に魅せられた一人である。

 「いつも記念碑が壊れているのを見るのが悲しかった」。オットマーさんは、建て替えが必要と考えた理由について、説明を始めた。記念碑は、広場を取り囲むレストランを回る配送トラックがたびたび接触し、破損と修復を繰り返していた。時には壊れたまま2カ月近く放置されることもあった。「フランダースの犬」を知らない地元の人たちから記念碑として関心を寄せられず、45センチというちょうどいい高さ故に腰掛けとして使われて「トヨタベンチ」と呼ばれていたことも残念に感じていたという。

 

フランダースの像

 オットマーさんは16歳のころ、アントワープの歴史を調べる中で、ネロとパトラッシュの物語を偶然知った。観光ガイドとなってからその魅力に改めてひかれ、人気の背景を知ろうと日本を訪れたこともある。アントワープ市が観光資源として「フランダースの犬」を十分活用していない状況を変え、フランダース地方を含むベルギー全体で知名度を高めたいという思いを持ち続けていたという。

 オットマーさんは10年、「フランダースの犬」をモチーフにした新しい像の建造に向けた国際デザインコンクールを企画したが、市側の協力を得られずに開催には至らなかった。この時、日系企業のスポンサーも探したが、「良い反応は得られなかった」という。状況が変わったのは16年だった。ガイドの顧客だった中国のジュエリーブランド「周大生」の関係者を通して、同社から金銭的な支援を得られることになったのだ。

 市側の事情も変わっていた。アントワープ市政は13年からフランダース地方の分離独立を掲げる中道右派の新フランデレン同盟(N―VA)が握った。破損を繰り返す記念碑の修復費用を負担していた市側は、新しい像の寄贈を持ちかけたオットマーさんらの提案に乗った。

 観光客の動向も影響した可能生がある。アントワープ市を訪れる日本からの観光客は近年、顕著に減っている。07年には1万4700人だった日本人観光客は、17年には5500人まで落ち込んだ。取って代わるように中国からの観光客は増加を続けている。12年を境に日本人観光客を上回り、17年は9800人と日本人観光客の倍近くが訪れた。

 「フランダースの犬は、友情や信念、そして前向きな思考の大切さを伝える普遍的な物語です。(像が示すメッセージが)正しい方向であれば、スポンサーは誰であっても構わないはずです」とオットマーさんは言う。

 同じ16年の5月、「フランダースの犬」の原作にならって、受賞者がアントワープの王立芸術アカデミーで1年間勉強できる市長主催のデザインコンクールが開かれた。優勝したベルギー人アーティストがデザインした白い大理石のネロとパトラッシュ像は、記念碑の跡地に12月に完成した。くしくもこの年は、日本とベルギーが外交関係を樹立して150周年にあたる節目の年だった。

【画像省略】「フランダースの犬」の新しい石像の制作にかかわったアントワープの観光ガイド、タンギー・オットマーさん=アントワープで2018年3月19日、ヤーロー・マナート撮影

 オットマーさんは「私がガイドした多くの日本人からは、新しい像についてとても良い反応をもらっています」と笑顔を見せた。

 

軽視された物語の価値

 「記念碑が撤去されたことは残念でした。石像と互いに補完することができたはずだからです」。そう語るのは、ベルギーのドキュメンタリー作家、ディディエ・ボルカールトさん(47)だ。フランダース地方で知名度の低い物語が、日本で愛され続ける背景に迫ったドキュメンタリー映画「パトラッシュ、フランダースの犬 メイド・イン・ジャパン」を07年に製作し、これを基にした編著は「誰がネロとパトラッシュを殺すのか」(岩波書店)として邦訳もされている。

 「フランダースの犬は、異なる文化を結びつける力がある物語です。しかし、アントワープ市はその重要性を十分に認識しているとは思えません」とボルカールトさんは言う。実際、日本側の協力で記念碑が建てられた後も、アントワープでは「フランダースの犬」を使った観光キャンペーンなどは行われず、それを避ける雰囲気すらあった。その理由について、ボルカールトさんは「フランダース人の目から見ると、これは貧しく、何よりも人生に失敗する物語であり、自分たちが打ち出したいイメージとは違う」と著書で指摘している。

 欧州を代表する港湾都市アントワープは、ダイヤモンド産業のほかにもファッションの街として知られ、ベルギー経済を支える活力あふれる街だ。「アントワープにとって『フランダースの犬』は関心事ではありません。重視するのはダイヤモンドやチョコレートなど観光客に売れるものです。『フランダースの犬』は文化であり、アントワープには(経済的利益を)何ももたらしません。日本の人たちは、それは違うと言うかもしれません。しかし、ダイヤモンドがもたらすものとは比較にならないのは明らかです」

 「日本のアニメを見て育った」というボルカールトさんは、日本のアニメとオタク文化の研究で博士号を取得した。「フランダースの犬」をテーマにしたドキュメンタリー映画を製作したのは、ベルギーの人々に物語を広めると共に、「日本に恩返しをして、より良い関係につなげたいと考えた」からだという。

 ボルカールトさんたちの調査によると、フランダース地方の公用語オランダ語で「フランダースの犬」の完訳版が初めて発売されたのは85年と遅かった。きっかけとなったのは、アントワープに「巡礼」に訪れる日本人観光客だったという。英国人作家がフランダースを描いた物語は、日本を経由してその地で暮らす人々に知られることになったのだ。

【画像省略】「フランダースの犬」をテーマにした作品もあるドキュメンタリー作家のディディエ・ボルカールトさん=ブリュッセルで2019年3月27日、八田浩輔撮影

 映画の発表から10年以上がたったが、ベルギー国内での状況は「何も変わらなかった」とボルカールトさんは嘆く。「本当の希望と友情」の証しだった記念碑の撤去は、それを象徴する出来事だった。【ヤーロー・マナート、八田浩輔】

 

地元出身インターン記者の思いは……

 私はフランダース地方のデンデルモンデという街で育ちました。現在はルーベン・カトリック大学大学院でビジネス・コミュニケーションを専攻しています。2018年8月まで1年間、九州大学に留学していました。

 「フランダースの犬」を初めて知ったのは、ベルギーの大学で受けた日本語の授業でした。日本語と日本に興味を持っていなければ、私は自分が育った地域を描いた話を知ることがなかったかもしれません。ベルギーで「フランダースの犬」は子供向けの本も漫画もなく、学校でも教わりません。日本で製作されたアニメシリーズは、さまざまな言葉に翻訳されていますが、ベルギーでは一度も放映されたことがありません。こうした事実は、フランダース地方とベルギーにおいて、この物語がどれほど知られていないかを示すものです。

 アントワープ聖母大聖堂の前の広場にあった日本とベルギーの友好を象徴する記念碑は、中国企業がスポンサーになった石像に置き換わりました。最初は中国による干渉も頭をよぎりました。しかし実際には、関わった人たちに悪意はなく、ネロとパトラッシュの物語への敬意から何かがしたいと考えた結果だと分かりました。

【画像省略】中国のジュエリーブランド「周大生」が、「フランダースの犬」の石像のスポンサーであることを記すパネル=アントワープで2017年2月11日、八田浩輔撮影

 私は、記念碑は取り壊されるべきではなく、新しい石像と共存することができたと考えています。記念碑が何度も損傷したことから、アントワープ市が撤去を決めたことも理解できますが、物語の価値と日本とのつながりを認識していない市を擁護する気にはなれません。

 日本でもテレビシリーズの放映から40年以上がたち、若い世代でこの物語を知らない人たちが増えることを心配しています。私の日本の20代の友人も「フランダースの犬」を知りませんでした。

 ネロとパトラッシュが日本とベルギーで忘れられないために、三つのことが必要だと思っています。一つはアントワープ市が、この物語を通して政治・経済を超えたレベルで日本とつながる重要性を認識することです。次に、フランダースの人々がこの物語を知り、たとえ自分が持つフランダースのイメージと異なるとしても、それを受け入れること。最後に日本の若い世代にこの物語を知る機会が増えてほしいと思います。友情の物語が、子供や孫たちの世代にも長く生き続けることを願っています。【ヤーロー・マナート(毎日新聞ブリュッセル支局インターン)】

 

  

「フランダースの犬」の物語はアニメ化され、日本の子どもに愛されました。多分、今でも人気がある物語だと思います。

ブログ主はそのアニメは観ていないのですが、子どもの頃に本で読んだ記憶があります。おそらく、アニメは再放送もされたでしょうし、この物語を知らない日本人は少ないでしょう。

そして、特にアニメに思い入れがある方は、この記事を読んで、落胆するのではないでしょうか。

 

ただ、気になって調べてみて、撤去された石碑を見たら、撤去自体はしかたがないのかも、と思いました。(画像は後ほど掲載します。)

 

ブログ主はアントワープへは98年に旅行したのですが、その当時、ネロとパトラッシュの像が物語の舞台の村にあり、しかし、アントワープの郊外なので、是非、ルーベンスの絵のあるアントワープ市内に像を設置したいと、募金箱が置かれていたことを記憶しています。(確か、募金箱が置かれていたのは聖母大聖堂の中だったと記憶していますが、やや記憶は不確かです。)

その募金箱は何となく覚えているのですが、熱心な日本人が設置したらしい、明らかに日本人観光客を対象にしたもので、上記のことは、募金箱に日本語で書かれた説明で読みました。

ブログ主は、舞台の村(アントワープから市電で15分程の場所)を見に行くほどは思い入れがなかったので見に行きませんでしたが、手元にある『地球の歩き方』(97~98年版「ヨーロッパのいなか」)によると、下のような銅像だそうです。

 

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たまたま、この話題についてブログ主がツイッターで呟いたのが、これを取材したヤーロー・マナート氏の目に留まったようで、ツイッターを通じてやり取りをして、この像はまだホーボーケンにあることを知りました。

 

別のガイドブック(90年頃のJTBのもの)によると、アントワープを訪れる日本人に「フランダースの犬」が愛されていたことを知った観光局の方が、2年掛けて舞台の村を探し出し、銅像を設置してくれたそうです。

そして、これがきっかけで、「フランダースの犬」の物語がベルギー人にも知られ、戯曲も作られて劇が上演されるようになったと書いてありました。

 

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ベルギーでは知られていなかった「フランダースの犬」

物語自体は、タイプとしては「マッチ売りの少女」みたいな話で、悲劇ですが、もっと親しまれてもいいのにとは思いますが、記事にもあるように、作者はイギリス人、そして、ネロの周囲の人々、つまりベルギー人がネロに冷たいのですから、ベルギーでは人気が出なかったようです。架空の話とは言え、場所の設定にリアリティがあるのも問題だったのかもしれません。

ちょっと想像力を働かせれば、外国人作家によって日本人が子どもを虐める小説を書かれ、それがどこかの国で共感を得たとしても、素直にその物語を愛せるでしょうか?

また、ブログ主が旅行した数年後にアメリカで映画化されましたが、ハッピーエンドとバッドエンド(原作通り)の二種類作られました。(後述)

 

トヨタがスポンサーとなって設置された碑文とは

その形状から、ベンチにされたり、車がぶつかって破損することも多かった、と記事にあるので調べて見たら、Google Earthではまだ画像がありました。

それが下のキャプチャです。

 

Antwerp02

 

これを見たら、正直に言って、邪魔だったろうなあ、と思いました。

自動車がぶつかって石碑が破損すると言うことは、自動車にとっても障害物だったわけですから。もうちょっと、デザインはどうにかできなかったのでしょうか。そして、ライトが点くということは、その後のメンテナンスも必要になるので、管理する側の手間もコストもかかるわけです。

 

この石碑には、石碑の設置に尽力された日本人の方のHPで知ったのですが、英語、オランダ語と共に日本語の文字も刻まれていました。(オランダ語はおそらく、英文と同じ文面でしょう。ブログ主はオランダ語は分かりませんが、ドイツ語とよく似ているので、英文の助けを借りれば何となく読めます。)

 

http://www.patrasche.net/nello/stone/01.html

Nello and his dog Patrasche,main characters from the story "a dog of flanders",symbols of true and eternal friendship,loyalty and devotion.

Nello en zijn hond Patrasche,hoofdpersonages uit het verhaal "a dog of flanders",symbolen van echte en eeuwige vriendschap,trouw en toewijding

「フランダースの犬」この物語は悲しみの奥底から見出す事の出来る本当の希望と友情であり、永遠に語り継がれる私達の宝物なのです。

 

中国資本がスポンサーとなった新しい像が設置された詳しい経緯は分かりませんが、記事にある、新しい像の画像を見ると、邪魔加減は石碑と変わり無さそうですが、白い石で作ったのは、おそらく、ドライバーの注意を引くためでしょう。また、敷石が布団のようになっているのは雪を模しているのだと思いますが、なだらかに盛り上がっていて、これも、車が乗り上げても像と車双方に傷が付かない工夫でしょう。このことから、逆に、従来の石碑の「欠点」がよく分かります。

尤も、ネロやパトラッシュの姿が、アニメに思い入れがある方には「これじゃない」感があり、落胆するのも分からないではありません。

 

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とは言え、一番印象深いラストシーンを再現してくれた訳で、スポンサーのプレートはともかく、再び像を設置することに尽力してくれた観光局には感謝するしか無いのでは無いでしょうか。

 

撤去されてしまった石碑の設置に協力した方、アントワープでこの石碑を見た方が撤去を残念がる気持ちはブログ主も共有できます。しかし、ネットの反応を見ていると、なにか、「中国」が、「日本とベルギー【だけ】の友情に割り込んできた。許せない。」という怒りのようなものを感じるのです。しかし、それは狭量で傲慢ではないでしょうか。例えば、新たな像がきっかけで中国人にも『フランダースの犬』の物語が広まったら、それは良いことだと考えられないのでしょうか?

 

「フランダースの犬」の映画の話題でなぜかトランプ批判をする毎日コラムの馬鹿さ

前述の記事からリンクしている2016年の毎日の記事を開いて見ました。

映画に関しては、ブログ主の記憶では、エンディングは二種類用意されていて、放映する国で選べるようになっていたはずです。これは、当時、友人とも話題にしたので良く覚えています。 

それはともかく、映画からトランプ批判や日本の政権批判に持っていくとは、斜め上過ぎて、「やっぱり毎日だw」としか感想がありません。

 

https://mainichi.jp/articles/20161218/ddm/001/070/110000c
「フランダースの犬」の物語は…
毎日新聞2016年12月18日 東京朝刊

「フランダースの犬」の物語は、今の季節に最終章を迎え、クリスマスに終わる。すべてを失ったネロはイブの大聖堂で、あこがれのルーベンスの絵を目に焼き付けると力尽き、冷たい床に崩れ落ちる。パトラッシュが寄り添うと天使たちが舞い降り、主人公と愛犬の魂を天国へ誘(いざな)う

▲原作は英国の作家ウィーダが1872年に書いた。日本では1970年代に放映されたテレビアニメが人気を集めた。当時3000万人が見たそうだ。繰り返し再放送されたから、あの最終回に涙を誘われた人も多いだろう

▲ところが、所変われば品変わるというわけか、米国ではこの悲劇がハッピーエンドに変わる。ベルギー・フランダース地方の研究者らが、「誰がネロとパトラッシュを殺すのか」(岩波書店)で、日米の国民性の違いを分析している

▲日本では「他人の悲しみに共感する能力」や「感動的な自己犠牲」が尊ばれ、悲劇的な結末が好まれる。一方、「厳しい状況から抜け出して幸運をつかむことや自己実現の大切さ」を重んじる米国では、ネロが裕福な家庭に引き取られ、幸せに暮らすという映画になったそうだ

▲その米国で、来年1月に発足するトランプ政権の姿が見えてきた。実業家や元軍人を重用した布陣は実利最優先をうかがわせ、波乱含みだ。ハッピーエンド志向のお国柄が、自国第一主義に収まってしまうようでは寂しい

▲翻(ひるがえ)って日本。きのう閉会した臨時国会の終盤は政府・自民党の強引さが際立った。TPP、年金改革を採決強行で決着させ、最後はカジノ法だった。悲劇を好む国民性であっても、この結末は歓迎できまい。

 

 

  


 

 

 

仏ノートルダム大聖堂再建に集まった多額の寄付、それに対する庶民の反発とは?

先日のノートルダム大聖堂の火災はフランス国民の間に深い悲しみと同時に連帯感を与えました。

しかし、その直後に、既に不満の声が...

 

マクロン大統領が5年で再建すると演説し、それに呼応して多額の寄付金も集まりましたが、これに対してイエロー・ベスト運動参加者から不満が出ているというのです。

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019041900235&g=int
ノートルダム高額寄付に怒り=反政府デモ激化も-フランス
2019年04月19日08時06分

 【パリ時事】大火災に見舞われたフランスのパリ中心部にある観光名所、ノートルダム大聖堂の再建のため、大富豪らから多額の寄付金の申し出が相次いでいることに対し、マクロン大統領の政策に反対し昨年11月からデモを続けている抗議運動参加者らは「不公平だ」と不満を募らせている。

 抗議運動の中心となっている女性は17日、「社会的な惨状には何もしないのに、わずか一晩で膨大な金を拠出できることを見せつけた」と高額な寄付を批判。インターネット交流サイト(SNS)上では「人間より石が優先されるのか」などと反発する投稿が相次いだ。

 有力紙フィガロは、20日に予定されているデモについて「怒りを募らせたデモ隊が結集する可能性がある」と指摘。再び破壊行動が起きる恐れがあると報じた。

 

最初にこのようなニュースを聞いたときには「何やってんの」と呆れたのですが、その一方で、メディアに対して懐疑的なブログ主は、これがどれほどフランス国民、あるいは労働者の意見を代表しているのだろうか?とも疑問に思います。

イエロー・ベストの暴動など、到底、擁護できるものではありませんが、文句を言いそうな人間にインタビューすれば、メディアの思惑通りに文句をいいますからね。

 

ところで、日本時間19日朝(従って、現地は18日夜か?)に放送されたフランスF2で、もう少しこの「不満」の背景を報じていたのですが、その内容は後述するとして、その番組でも、インタビューされていたのは弱者を救済するボランティア団体や、「街の声」。

前者はともかく、後者も「5年で再建できなくてもいいのではないか」、「もっと別のことにも寄付金を使うべきだ」という意見だけでした。

そもそも、このような声が国民大多数の意見なのだろうか?というのがブログ主の疑問です。

 

以下はF2が解説していた「背景」。

2018年に富裕税が廃止され、それに伴い、税制上の優遇がなくなり(←詳細は不明)、富裕層が寄付をしなくなった、というものです。

 

その結果、

 

①富裕税の対象者だった富裕層の寄付は82%→77%に現象

 

20190419_f2_01

 

②富裕層の平均寄付金額は2,530ユーロ→1,970ユーロに減少

 

20190419_f2_02

 

③寄付に流れていた資金はどこへ?→上から、消費、貯蓄、投資

 

20190419_f2_03

 

尤も、富裕税の廃止は投資を促進させることが目的だそうです。

その意味では目的通りの結果とは言えるのですが...

 

このニュースでは、上記の解説をする前に、有名企業の創業家など、何人かの富豪のノートルダムへの寄付額を挙げており、印象としては「弱者のためにお金を使わないのに...」という伝え方をしている印象を受けました。

「金持ちは天国に行けない(だから、貧乏人に施すべき)」というキリスト教徒的な考えも背景にある気がします。

 

 

  


 

 

 

2019/04/20

【沖縄3区衆院補選】屋良朝博候補ってどんな人?

現在、大阪12区、沖縄3区で衆院の補欠選挙の最中で、明日、21日に投開票されます。

その内、沖縄の屋良ともひろ(屋良朝博)候補とは元沖縄タイムスの記者で、フリーランスライターの肩書で活動しています。

しかし、実態は...

 

Yara01

 

普天間飛行場の周辺で風船などを飛ばし、米軍機を墜落させる活動を呼びかけていました。

米軍専用の飛行場は民間の飛行場と異なり、国内法の適用を受けないので何をやっても良い、事故が起きても良い、それによって住民に被害が及んでも良い。沖縄の反基地活動家は所詮、イデオロギーのためなら、人命などどうでも良いのです。

 

既に、過去のツイートは削除しまくったそうですが、多くの人が指摘するあまり、弁明のツイートをしました。それがこれ。

 

Yara02

 

問題提起のため、等と言っていますが、言い訳にもなっていないことに気付かないのでしょうか。

 

参考: 屋良ともひろ氏公約 (HP)

 

Yara03

  

沖縄の「非武装化」が公約だそうですw

 

 

  


 

 

 

2019/04/18

【孔子廟裁判】福岡高裁那覇支部、翁長雄志那覇市長(当時)が無償で土地を提供した孔子廟に違憲判決

公開: 2019-04-18 16:53:12  最終更新: 2019/04/20 16:17  

取り急ぎ、共同通信社の第一報(→詳報に差し替え)を。

 

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43905360Y9A410C1CR8000/
公園に孔子廟、無償は違憲 那覇市「特定宗教に便宜」  
2019/4/18 18:47

儒教の祖・孔子を祭る「孔子廟(びょう)」のため、那覇市が公園内の土地を無償で提供していることが憲法の政教分離の原則に違反するかが争われた住民訴訟の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部は18日、一審那覇地裁に続いて違憲との判断を示し、市が使用料を請求しないことは違法だとした

大久保正道裁判長は、廟の管理団体について、営んでいる祭礼行事の内容を踏まえ宗教団体だと認定。土地の無償使用は「特定の宗教に便宜を提供し、援助していると評価されてもやむを得ない」と述べた。

そのうえで、原告の市民(91)が監査請求した2014年4~7月の使用料を請求すべきだと指摘。昨年4月の一審判決は使用料を約180万円と算定したが、高裁支部は額を示さなかった。

判決によると、故翁長雄志氏が市長だった11年、市内の松山公園に廟の設置を許可して土地使用料の全額免除を決め、14年に更新した。市側は訴訟で「沖縄独特の歴史や文化を継承するための施設で、宗教性はない」と主張していた。

判決を受け城間幹子市長は「主張が認められず残念だ。判決内容を確認し対応する」とコメントした。市によると、土地は現在も無償で提供されている。〔共同〕

 

チャンネル桜『沖縄の声』でキャスターも勤める金城テルさんが原告となった「孔子廟訴訟」について、詳しくは、以前の記事をお読み下さい。

 

判決の内容は下記の動画を観れば分かりますが、このエントリーでは判決のポイントなどをメモしておこうと思います。

 

【沖縄の声】控訴審判決!那覇市は憲法違反か否か!?孔子廟訴訟高裁判決[桜H31/4/18]

https://youtu.be/KrXJbRVIlUk

平成31年4月18日木曜日の『沖縄の声』。「孔子廟」の管理団体に対して、那覇市が公園内の土地を無償で提供していることが憲法の政教分離の原則に違反するか否かが争われた住民訴訟裁判。本日は特番といたしまして、キャスターの金城テルが原告の「孔子廟訴訟」控訴審判決についての特番をお送りします。

出演: 又吉 康隆(沖縄支局担当キャスター) 、金城 テル(沖縄支局担当キャスター)
ゲスト:  徳永 信一(弁護士)

 

1.宗教性は限定的

「政教分離の原則」に反する」(20条 89条)ことに関し、一審判決をほぼ踏襲するも、儒教一般については宗教と判断することは避け、久米崇聖会(くめそうせいかい=久米三十六姓の子孫の団体)で行われている釋奠祭禮(せきてんさいれい=孔子祭り=その日に降りてくる孔子の霊を供応する儀式)に限定されたそうです。

この儀式をもってこの団体が宗教団体であり、その宗教施設である、との考えです。

また、一部、市側(久米崇聖会側)の主張が認められたのは、松山公園内に移設する際に行った「拝み」の儀式と、啓聖祠(けいせいし)と呼ばれる本殿(大成殿)の後方にある祠は除外されたとのこと。

被告側は「拝み」の祭司者を「ユタではなくカミンチュ(神人?)だ」と主張したそうで、両者の差異は分かりませんが、庶民の習俗化した素朴な信仰という主張のようで、そこは司法も認めたようです。地鎮祭のような通俗的なものと見なされたのかも知れません。

いずれにしても、憲法20条と89条に違反することを、22年の空知太神社を判例として判断されました。

 

なお、久米崇聖会及びこの団体の執り行う釋奠祭禮がいかに宗教性を帯びたものであるかは、原告側が提出した「準備書面7」を読むと分かります。「儒教とは」ということにも触れており、読み物としても興味深い文書です。

 

2.市が請求すべき金額は明示されず

元々、年間720万円と見積もって、市が使用料免除を更新した14年4月1日から住民監査請求を起こした同年7月24日までの使用料181万7063円を徴収しないのは違法と訴えていましたが、判決では金額に言及せず、「市は使用料を徴収する義務を負う」とのみしました

その上で、敷地内にある明倫堂(めいりんどう)の建物とトイレは宗教施設から除外しても良いというほのめかしがあったようです。明倫堂とは論語の講習会などを行っている施設で、また、トイレはその後、上の動画にも登場される篠原章氏が確認に行ったところ、一応、誰でも使えるようになっていたそうです。

 

20180413_koushibyou02

 

 

 

つまり、使用料から減額しても良いとほのめかしているわけですが、さすがに常識的な範囲でないと、結局また「特定の宗教(団体)に便宜を図った」ことになるとは言え、金額は明示すべきと、原告側も納得していません。

原告も上告する権利はあるので、最高裁で決着をつける気は満々のようです。

なお、記事は有料記事で読めませんが、沖縄タイムスなどは、施設の「公共性」について「子どもが受験の合格祈願に来るのに...」などと、むしろ宗教性を肯定するような馬鹿な反論をしているそうです。

以下は、琉球新報の記事ですが、原告側も全面的に納得していないことが書かれています。

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190419-00000005-ryu-oki
孔子廟 二審も「宗教的」 那覇市の無償提供「違憲」
4/19(金) 5:04配信

 沖縄県那覇市の松山公園内に設置された久米至聖廟(孔子廟)の公園使用料が免除されているのは憲法違反だとして、市内の女性が城間幹子市長を相手に違法確認を求めた訴訟の差し戻し控訴審判決が18日、言い渡された。福岡高裁那覇支部の大久保正道裁判長は市の控訴を棄却し、久米至聖廟が「宗教的性格を有する」とし、市による公園の無償提供は憲法が定める政教分離原則に違反するとした差し戻し審判決を支持した。


 差し戻し審に引き続き、使用料免除は無効とした。琉球王朝の繁栄を支えた久米三十六姓の子孫らで組織する一般社団法人久米崇聖会が施設の管理をしているが、同会については宗教団体に当たると認定した。また、市が久米崇聖会に対し、違法に約181万円を請求しなかったと判断した差し戻し審判決を一部変更。市公園条例などに基づき、城間市長に使用料免除に関する一定の裁量権があると判断し、額を明記しなかった。

 那覇市の城間市長は「市の主張が認められなかったのは残念。判決内容を確認し、顧問弁護士と相談して対応していく」とした。

 女性側代理人の徳永真一弁護士は「判決は大変満足しているが、請求額に市の裁量を認めた点に不満がある。最高裁判所で争うべき争点だと思う」と上告を検討するとした

 

 

 

  


 

 

 

2019/04/13

イスラエルの「超正統派」(ハレディム)とは

ブログ主の覚え書きです。

4月9日に行われたイスラエルの総選挙はネタニヤフ首相率いるリクードが最終的に36議席獲得し、第1党となり、首相の続投も決まりました。

日本ではそれなりに報道されていても、イスラエルの問題はどうもトランプ米大統領と絡めたもの(※後述NHKの記事)で、それほど日本では関心を持たれていないような気がします。

ブログ主もその一人なのですが。

このエントリーも、イスラエルの問題を取り上げるのではなく、たまたま報道などで知った、「超正統派」と呼ばれる人達のことをメモしておこうというものです。

  

  

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上の画像は以前観た動画のキャプチャで、分かりやすい画像なので使いました。

千葉県芝山遺跡から出土したユダヤ人のような埴輪を紹介するものですが、右上に「典型的なユダヤ教徒スタイル」というキャプションがついた画像があります。

このようないでたちをした人達はハラディ(Haredi/pl. Haredim)と呼ばれるユダヤ教正統派教徒です。

 

イスラエルの総選挙前に読売新聞が『イスラエル 争点の現場』という上、中、下3回に渡る特集記事を連載していたのですが、その「中」で、この正統派を取り上げており、その記事と、後ほどご紹介する動画で初めてこの人達が表面的なユダヤ正統派教徒だけでない意味合いがあるのだと知りました。

 

下はその記事の一部です。

 

Jew_haredi

 

この記事の趣旨は、徴兵を免除されている超正統派に対し、ユダヤの戒律に柔軟な世俗派の国民の反発が高まっており、それが選挙の争点の一つになっている、というものですが、超正統派は政治勢力(2政党)でもあり、ネタニヤフ首相も彼等と連立を組んでいました。

そして、世俗派の不満の受け皿になっていたのが、今回の選挙で敗れたガンツ元参謀総長が率いる野党の「青と白」です。

「青と白」は「例外なき徴兵」を公約に掲げていたためです。

 

では、世俗派の国民が反発するという超正統派とはどのような人達でしょうか。

まず、記事の見出しにもあるように、兵役が免除されていることと、彼等の待遇、そしてその増加率です。

彼等の大半の男性は職に就かず、国から月4,000シュケル(約12万円)の生活保護を受け取って生活しているのだそうです。しかも、戒律上、避妊が許されないため、一人の女性が生涯に生む子どもの数はなんと6.9人だそうです。

乱暴な言い方をすれば、世襲できる生活保護世帯。

しかも、記事の画像に映っているように、「自主申告」で超政党派と称することができるのです。

 

読売の記事ではここまでの説明ですが、チャンネル桜『Front Japan桜』の高山正之氏がもう少し突っこんだ説明をしてくれています。

 


【Front Japan 桜】ゴラン高原 イスラエル領有は間違い / 大阪 中華街構想[桜H31/3/27]
キャスター:髙山正之・saya

 

産経新聞の記者時代にイスラエル政府高官との会食をしたとき、生ハム、つまり、ユダヤの戒律に背く豚肉とワインが出てきたそうですが、それを前置きとして、以下のようなことを語っていらっしゃいます。

 


豚肉を食ったり酒も飲むくらいなら、旧約聖書にあるカナンの地に拘ることもないだろうにと思うが、そう言われないように、黒装束に、白いシャツに、黒いネクタイに、髭生やした人見かけるじゃない?あれ、全部、国家公務員みたいなもの。

ああいう装束をして嘆きの壁でお祈りをする人達を特別に養成したの。社会保障を与え、兵役も免除して、旧約聖書を守ってるポーズをするユダヤ人を育てて。

最初は2000人くらいを準国家公務員みたいにしたら、生活保護がつくから、子ども産み放題。どんどん増えちゃった。そして国の2割が狂信的なユダヤ教徒になっちゃった。最初は世界に対する広告塔で、国連議決を取るために、神から与えられたイスラエルに戻ることが悲願だというアピールで職業的宗教人を作ったの。

 

読売の記事によると、(最初は2,000人程だった)超正統派の人口比は現在12%で、約40年後には40%になるという推測もあるそうですが、その裏事情というのが高山氏の説明です。

上記以外にも、彼等が首相を暗殺したことに言及していましたが、ラビン首相のことかと思います。

 

【補足】正統派教徒が日常で守っているユダヤの教え

 

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【補足】イスラエル総選挙(2019)の結果

 

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190411/k10011880141000.html
イスラエル首相続投の公算も難しいかじ取り
2019年4月11日 4時14分

中東のイスラエルでは総選挙の結果、ネタニヤフ首相が続投する公算が大きくなりました。ネタニヤフ首相は今後、連立政権を樹立するための協議に入りますが、各政党との調整やみずからへの汚職疑惑をめぐる起訴の問題などを抱える中、引き続き難しいかじ取りを迫られそうです。

9日行われたイスラエルの総選挙は開票作業がほぼ終了しました。

選挙は比例代表制で各党はそれぞれの得票率に応じて議席が配分される仕組みで、選挙管理委員会によりますとネタニヤフ首相が党首を務める右派政党「リクード」の得票率が26.2%、イスラエル軍のトップを務めたガンツ氏が率いる中道会派「青と白」が25.9%とその差はわずかで、獲得議席はほぼ互角になる見通しです。

ただ、与党リクードは連立を組んできた極右政党や宗教政党が獲得する議席を合わせると議会での過半数を制すると見込まれていて、ネタニヤフ首相が連立交渉を主導して、続投となる公算が大きくなりました。

連立交渉ではネタニヤフ首相は閣僚ポストをはじめ、各政党の要求の調整を迫られることから協議は難航することが予想されます。

さらに、ネタニヤフ首相はみずからの汚職事件をめぐり、収賄罪などでの起訴に向けた検察による詰めの捜査の対象となっていて、起訴されれば国内で反発が一段と高まるのは必至で、続投の公算が大きくなる中でも引き続き難しいかじ取りを迫られそうです。
ネタニヤフ首相「途方もない支援に感謝」
ネタニヤフ首相は、10日、ツイッターでアメリカのトランプ大統領から総選挙の勝利を祝う電話があったと明らかにしました。

この中でネタニヤフ首相は、「トランプ大統領が大統領専用機のエアフォース・ワンから電話をかけてきて、私とイスラエル国民に祝意を伝えてくれた」と書き込みました。

そのうえでトランプ政権が選挙前に占領地のゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めたことやイランの革命防衛隊をテロ組織に指定するなど援護射撃とも受け取れる決定をしたことに触れ「途方もない支援に感謝する」としています。

そのうえで、「イスラエルとアメリカはこれからも緊密に連携していくことを確認した」として、さらなる関係の強化を図っていく考えを示しました。

 

ガンツ氏 敗北認める

中道会派「青と白」の代表ガンツ氏は、10日夜、イスラエル中部のテルアビブで会見を開き、「国民が決めたことを受け入れる」と述べて総選挙での敗北を認めました。

そのうえで、今後、連立政権を組むために大統領が行う組閣の要請について「大統領の決定がどのようなものでも尊重し、受け入れる」として、ネタニヤフ首相が組閣することになっても受け入れる考えを示しました。

一方、選挙結果については、「私たちは政権に対する代替案を示すことができた。ネタニヤフ首相が極右政党と連携したことが私たちが並外れた結果を獲得したことにつながった」と述べました。

 

米大統領「和平の可能性高まった」

イスラエルの総選挙の結果、ネタニヤフ首相が続投する公算が大きくなっていることについてアメリカのトランプ大統領はホワイトハウスで10日、記者団に対し、「まだ少し早いかもしれないがネタニヤフ首相にお祝いを伝えたい。彼はすばらしい盟友だ」と述べ歓迎する考えを示しました。

トランプ大統領はイスラエルとパレスチナの中東和平交渉の仲介に意欲を示していて、トランプ政権はイスラエルの総選挙のあとに、新たな和平案を示すという見方が広がっています。

これについてトランプ大統領は「中東和平の実現はみな無理だと言っていたが、私はチャンスはあるし、ネタニヤフ首相が勝利したことで、その可能性はより高くなったと思う」と述べ、事態の打開に向けて前向きな姿勢を示しました。

トランプ大統領はイスラエルの総選挙を直前に控えた先月下旬にはネタニヤフ首相との首脳会談に合わせてイスラエルが占領するシリア領のゴラン高原について、イスラエルの主権を認めました。

さらに投票日前日の8日にはイスラエルと敵対するイランの精鋭部隊「革命防衛隊」を外国政府の機関として初めてテロ組織に指定すると発表し、イスラエル寄りの姿勢を一層強く打ち出し、いずれも苦戦が伝えられていたネタニヤフ首相への援護射撃だったという見方が広がっています。

  

  


 

 

 

2019/04/10

【韓国】NHK「日本大使館の建築許可取り消す ソウル市 申請の不備理由に」は本当に日本が悪いのか?

本日、NHKが下記のような記事を報じました。

「ソウルにある日本大使館の建設着工の延期を日本側が申請しなかったので、建築許可を市が取り消した」という内容の記事です。そして、「日本大使館は2016年に1度、着工の延期を申請した」とあります。

これだけ読むと、日本大使館の手続きの不備のように聞こえます。

 

しかし、ここで、やや腑に落ちない点があります。

そもそも、なぜ、「2016年に1度、着工の延期を申請した」のか?そして、なぜ、着工せず、今回再延期もしなかったのか?

  

  

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190410/k10011879311000.html
【NHK】日本大使館の建築許可取り消す ソウル市 申請の不備理由に
2019年4月10日 14時42分

韓国の首都ソウルにある日本大使館の新築計画について、ソウル市は、大使館側が着工の延期を申請しなかったとして、先月、建築許可を取り消していたことが分かりました。韓国メディアは「日韓関係が最悪の状況にあることを示している」と伝えています。

ソウルの日本大使館は地上6階地下3階建ての建物を新築する計画で、2015年にソウル市から建築許可を受け、古い建物を取り壊しました。

現在はさら地になり、大使館業務は近くのビルで行われています。

韓国の建築法では建築許可から2年以内に着工しなければなりませんが、事情がある場合、着工を延期することができます。

ソウル市は10日、NHKの取材に対し「日本大使館は2016年に1度、着工の延期を申請したが、再度延期したいのであれば事由書を提出するよう繰り返し求めたものの回答がなかった」として、先月4日付けで建築許可を取り消していたことを明らかにしました。

建築許可を改めて出すには申請から1年以上かかる見通しだということです。

こうした経緯についてソウルの日本大使館は公式なコメントを出していませんが、韓国メディアは「日本大使館の前に設置された慰安婦問題を象徴する少女像をめぐって解決の糸口がつかめない中、日韓関係が最悪の状況にあることを示している」と伝えています。

 

「日本大使館は2016年に1度、着工の延期を申請した」とありますが、2016年に何があったのか?

 

すると、このような記事がありました。

 

https://www.sankei.com/world/news/160111/wor1601110041-n1.html
【産経①】 ソウルの日本大使館敷地から出てきたモノは? 慰安婦像に影響も
2016.1.11 20:28更新

 【ソウル=名村隆寛】改築のため解体されたソウルの日本大使館の敷地から、李氏朝鮮時代後期の建物の遺構らしきものが発見された。聯合ニュースTVが11日に報じたもので、現場からは建物の礎石のほか、磁器や瓦の破片が見つかったという。

 韓国当局では昨年12月中旬に試掘調査を開始、日本大使館が韓国側から連絡を受けたという。報道によると、韓国文化財庁の専門家会議で7日に詳細な発掘調査を行うことが決まり、今週中に行政命令が下される見通しだ。

 新しい日本大使館は2020年ごろの完成を目指しており、現在は隣接するビルの中に大使館の機能が移されている。建設現場周辺ではこれまでにも礎石などが発見されており、遺構を強化ガラスで覆った床がある建物もある。
 遺構の発見で大使館の完成が遅れる可能性も出てきた。大使館の建設現場前の歩道には行政当局の許可なしに「慰安婦像」が設置されており、“遺構”が像の下まで広がっている可能性もある。しかし、調査に伴う慰安婦像の移転議論は起きておらず、韓国メディアは日本大使館の敷地での「文化財発見」に熱を上げている。

 

2016年の記事で「昨年12月中旬に試掘調査を開始」とあるので、2015年に更地にしたら、そこに遺跡が出てきた、ということになります。

そうなると、「2016年に1度、着工の延期を申請した」のは、日本側の都合では無く、建設着工にストップがかかったのではないかと考えられます。

 

下はNHKと同じことを報じる産経の記事です。

 

https://www.sankei.com/photo/story/news/190410/sty1904100004-n1.html
【産経②】大使館の建築許可取り消し 韓国ソウル、建て替えで
2019.4.10 14:10

 建物の老朽化に伴い建て替えを決めた韓国ソウルの日本大使館について、地元自治体のソウル市鍾路区は10日、建築許可を3月に取り消したと明らかにした。大使館側が許可の延期申請をしなかったためだとしている。
 一方、日本外務省関係者は2017年時点で取り消されていたとした上で、建て替え計画は「放棄していない。許可申請は出し直すことができるので引き続き検討していく」としている。

 韓国メディアは建て替えが滞っている背景を巡り、日本政府が撤去を要求している従軍慰安婦問題の少女像が大使館前に設置されたままになっていることとの関連を指摘している。

 大使館は建て替え工事に伴い、15年に近くのビルに移転して業務を行っている。(ソウル共同)

 

これを時系列に整理するとこうなります。

 

  1. ??年に日本大使館が建設許可を申請し許可される。
  2. 2015年末に敷地に遺跡が発見される。(産経①)
  3. 2016年に日本側が「着工延期を申請」(NHK)
  4. 2017年にソウル市が延長を取り消す。(産経②)
  5. 2019年、建設着工の延期を日本側が申請しなかったのでソウル市が建設許可を取り消しとソウル市が発表。(NHK)(産経②)

 

普通は、2の時点で遺跡調査のために着工がストップされます。そして、一度降りた建築許可を維持するために、3で「着工延期を申請」させたのでしょう。

4で、ソウル市が延長を取り消し(2017年)ています。これはNHKは報じていませんが、今回の記事ではNHK、産経とも、「着工延期の申請」を問題としているので、「建設許可」自体は生きていることになります。

5、即ち、今回、「建設着工の延期を日本側が申請しなかった」とあるのは、まず、延期の有効期間に期限があるからでしょうが、なぜ、再度、延長を申請しなかったのか?

産経②では「日本政府が撤去を要求している従軍慰安婦問題の少女像が大使館前に設置されたままになっていること」との関係を書いていますが、これはあくまでも韓国メディアが言っていることです。

 

ここで不明なのは、遺跡の問題はクリアできたのか?ということ。

日本大使館は建設を断念していない(産経②)にも関わらず、着工延長の申請を出さなかったのは、韓国メディアが言うように、慰安婦像によるものなのか、それとも遺跡が理由なのか、あるいは別の理由なのか、なんとも中途半端な報道です。

 

NHKの報道では、日本大使館がきちんとした手続きを取らなかったので建築許可を取り消されたような印象を受けますが、そうではないらしいことは確かです。

  

  


 

 

 

2019/04/06

【沖縄】沖縄メディアの歪んだ歴史観「社説:廃琉置県140年 植民地主義から脱却せよ」

沖縄の二大新聞の一つ、琉球新報の4月4日付社説です。

沖縄県民や子供達が、新聞や学校の教師からどのような歴史観を刷り込まされているかよく分かるので、ご紹介します。

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-898326.html
<社説>廃琉置県140年 植民地主義から脱却せよ

 140年前の琉球の人々が今の沖縄を見たら何と言うだろうか。当時から連綿と続く植民地支配のにおいをかぎ取るに違いない。

 明治政府は1879年4月4日、琉球藩を廃し、沖縄県を置く旨を全国に布告した。「琉球処分」(琉球併合)といわれる廃琉置県である。これに先立ち政府は先鋭の武装警官や兵士ら約600人で首里城を包囲し、武力で威圧した上、尚泰王や官員らを城から追い出し占拠した。

 「処分」の直接の理由は、中国との外交禁止と裁判権の移管を琉球が拒否したことだったが、政府は最初から併合を狙っていた。琉球の士族らは激しく抵抗する。抵抗運動は瞬く間に全県へ拡大するが、政府が派遣した松田道之処分官は集会の全面禁止を命じ、警察を使って運動を弾圧する。多くの役人を逮捕し、棒で殴るなどして拷問した。

 「琉球処分」は井上馨大蔵大輔(現在の事務次官級)による1872年の建議書がきっかけとなった。琉球国王を「酋長」と蔑称で呼び、軍事の観点から琉球を「要塞」と位置付け「皇国の規模拡張」を狙う内容だった。琉球併合後、内務大臣の山県有朋は沖縄を日本帝国の南門とし「国防の要」として、日本海軍の国防戦略で最も重要な軍備対象の一つに位置付ける。

 琉球王国の約500年の歴史に終止符を打った廃琉置県の布告から140年がたった。沖縄は何が変わり何が変わらないのか。

 その間、沖縄は本土決戦に備える時間稼ぎのための「捨て石」作戦により、12万人余の県民が犠牲になった沖縄戦を体験した。その後、米国の統治下で広大な米軍基地が築かれ、反共防衛の「要石」にされる。日本復帰後も米軍基地は維持され、全国の約7割を占める米軍専用施設(面積)を背負わされている。尖閣諸島の有事などに備え、自衛隊配備の強化も進んでいる。

 こう見ると、琉球併合後の沖縄は、日米の軍事的なとりでにされ続けている点では変わらない。基地被害に苦しむ住民の意思を無視し、抵抗を抑え付け、沖縄を国防の道具のように扱う様もそうだ。それはもはや植民地主義と言うほかない。廃琉置県の布告は、それによる支配の始まりと言うこともできる。

 米軍新基地建設に向けた辺野古の埋め立てはその象徴である。沖縄の人々は知事選や国政選挙、県民投票などで何度も反対の民意を示してきた。にもかかわらず土砂の投入を強行し続ける政府の対応は「琉球処分」と重なる。

 しかし沖縄の人々は県民投票を実施したように、自分たちの大事なことは自分たちで決めるという自己決定権を主張するようになった。それは言い換えれば植民地主義の拒否だ。沖縄の民意に沿って辺野古新基地建設を断念する。それが日本政府や本土の人々にとって沖縄への植民地主義と決別する第一歩になる。

2019年4月4日 06:01

 

見事なまでの「被害者意識」に満ちあふれた歴史観です。

ブログ主も沖縄に関心を持ってから知ったのですが、米軍の沖縄上陸があった3月くらいから終戦の8月まで、沖縄メディアはこういった県民の被害者意識を煽る反日キャンペーンを繰り広げるのだそうです。

手法は「被害者ビジネス」と同じ。劣等感や被差別意識を植え付けて、「差別だ-」と言わせるのです。

 

「琉球処分」については次項に書きますが、このエントリーで書きたいことをある意味象徴している画像をご紹介します。

 

NHK

 

これは、1月24日に放送されたNHK『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』の一場面。

沖縄県設置のことを言っているのですが、その前に「琉球藩」となっていることを無視していますね。

廃藩置県によって「薩摩」や「長州」といった藩も消滅したわけですが、これをいちいち「○○滅亡」などと言うでしょうか?

これには学校で習う日本史のトリックがあり、日本人の多くが沖縄はずっと独立国だったという印象を刷り込まされていて、NHKもそれに加担しているのです。

 

なお、この番組は歌手のISSAさんのルーツを探ったものですが、ここに書いてある「踊奉行」とは大陸からの冊封使を迎えるための芸能を司る役職だそうです。沖縄では有名な「組踊り」というものがありますが、これは江戸時代に踊奉行・玉城朝薫(たまぐすく-ちょうくん)が「江戸上り」の際、江戸で見た歌舞伎や能をアレンジして作り出したものだそうです。〔『沖縄はいつから日本なのか-学校が教えない日本の中の沖縄史』(ハート出版/仲村覚著)より〕

 

「琉球処分」とは

『琉球処分』は「処分」という言葉の響きで、明治政府が琉球に対してひどいことをしたかのような印象操作に利用されていますが、シナ(清)との冊封関係あった琉球の、その関係を断つプロセスでした。

明治4年(1871)7月に廃藩置県が行われますが、琉球に関しては、1872年(明治5年)の琉球藩設置~1879年(明治12年)の廃藩・沖縄県設置の処置が行われ、これを『琉球処分』と呼びます。

 

記事では「先鋭の武装警官や兵士ら約600人で首里城を包囲し、武力で威圧した上、尚泰王や官員らを城から追い出し占拠した」と表現していますが、無血開城でした。これに反対したのはシナからの帰化人の「親清派」の士族で、清国に密入国し救援を要請しますが、清にそのような力はありません。

明国やその後の清との交易上、独立国のような体裁を繕っていたという特殊事情の故の既得権益勢力の抵抗でした。

明治4年11月27日には宮古島の船が台湾に漂着し、原住民に54名が殺害されるという「台湾事件」(「宮古島島民遭難事件」)が起きましたが、清は琉球の日本統治を認めつつ、台湾の領有権を所有していないいう理由で賠償金の支払いは拒否。日本政府が明治7年に台湾に陸軍を派遣すると、台湾の領土権を認めて日本の条件を呑みました。

 

こうしてみると、沖縄メディアの歴史観とは琉球時代の親清派、あるいはシナの目線なのだと分かります。

 

ついでに、以前(『【歴史戦】読売新聞「ドイツ製の古地図に『日本海』」、ドイツでの報道は?』)も触れましたが、もう少し、沖縄(琉球)の歴史を遡って見てみたいと思います。

 

「琉球王国450年の歴史」のトリック

沖縄史観では前述の社説に書かれていることに加えて「1609年の薩摩による琉球進攻」も時々言われることがありますが、徳川幕府により天下統一がなされたのは大坂冬の陣(1614年冬/慶長19年11月)、夏の陣(1615年夏/慶長20年5月)を経てからであり、薩摩の実効支配は琉球が幕藩体制に組み込まれたに過ぎません。

また、このことを強調すると、実は1609年以降は薩摩の支配の元、シナ〔明(1368~1644)、清(1616~1912)〕との交易を行うために表面上は独立国の体裁を保っていただけというのが分かってしまい、「琉球王国450年の歴史」(1429~1879=琉球処分)に疑問符がつくので都合が悪いかもしれません。

薩摩は琉球に在番奉行所を設置し、1611年の「掟十五条」により、薩摩の許可無くして交易はできないことを従わせました。

幕府による禁教令も琉球まで届いており、八重山ではキリシタン弾圧事件(「八重山キリシタン事件」※)も起きているのですから、琉球は中央集権体制の元にありました。

 

※ 琉球は第一尚氏王統により1429年に統一国家が形成され、1470年に第二尚氏がこれを引き継いで海洋貿易国家として繁栄したが、1609年、薩摩藩による琉球侵攻を受けて実質的に同藩の支配下に置かれ、宮古諸島・八重山諸島もその支配領域にあった。

一方、本土では1603年(慶長8年)に江戸幕府が成立した。当初、幕府は貿易振興のためにキリスト教を黙認したが、1612年(慶長17年)には幕府直轄領に、1613年(慶長18年)には全国に禁教令を出した。

(Wikipedia『八重山キリシタン事件』の「事件の背景」の項より引用)

 

ちなみに1609年の出来事は、ブログ主の手元にある日本史の要点まとめ参考書では「島津家久の琉球遠征→琉球服属」と表現されています。島津家久(1576~1638)は薩摩藩初代藩主です。

 

ただ、確かに、琉球が日本史に出てくるのは、前述の琉球処分くらいであることは事実です。

しかし、それは日本史の教科書から琉球に関することが抹殺されているために、日本の開国前の歴史において琉球を含めて日本に起きていたことを日本人が学ばされていないだけです。

 

阿片戦争(1840~42)以降、清が列強により半植民地化されていきますが、琉球にはそれ以前から英国船が度々訪れており、日本(江戸幕府)に開国を迫る列強は沖縄を拠点としていました。つまり、現代と同様、琉球は防衛の最前線だったのです。

 

1837年にアメリカとの間に「モリソン号事件」が起こります。これも日本史の授業では暗記すべき出来事の一つですが、モリソン号が最初に寄港したのは琉球です。こうした琉球に関わる事実を教科書に載せないから、突然、明治政府が琉球を併合したような印象を与えられているに過ぎません。

 

阿片戦争の少し前から、1854年の日米和親条約までの教科書レベルの歴史に抜け落ちている琉球史を加えると、ざっと以下のような流れになります。

 

1825年 異国船打払令

  • フェートン号事件以降、英国船の来航が多く、異国船打払令へ
    cf.
     1816年 〔英・琉〕イギリス軍艦アルセステ号、ライラ号来琉
     1819年 〔英・琉〕イギリス商船ブラザーズ号来琉
  • フェートン号事件とは、1808年、英軍艦フェートン号がオランダ国旗を揚げて長崎港に侵入し、オランダ商館員から食糧や薪水を奪った事件。(ナポレオン戦争の英蘭の対立が関係)

1827年 〔英・琉〕ブロッサム号来琉

  • ブロッサム号は当時無人島だが既に153年前に下田藩の管理下にあった小笠原諸島にも来航し、イギリス領と宣言するが、イギリス政府は認めず。

1832年 〔英・琉〕イギリス東インド会社のロード・アマースト号来琉

  • 宣教師ギュッツラフがキリスト教の布教を目的に日本への入国を試みるが実現せず、その後、那覇に寄港。
  • 日本人の漂流民3名(音吉、岩吉、久吉)を引き取り、彼等から日本語を学ぶ。
  • 薩摩の帆船3艘を目撃と記録。

1837年 〔米・琉〕モリソン号那覇に寄港

  • ギュッツラフはモリソン号に移乗。日本に向かう。

1837年 〔米〕モリソン号事件

  • 日本の漂流民7名を伴い、通商を求めて来航→異国船打払令に基づき砲撃、退去させた事件

1840年 〔英・琉〕イギリス海軍輸送船インディアン・オーク号遭難

  • 阿片戦争に参加するため移動中の輸送船が台風に遭遇し、漂流。沖縄中部の北谷(ちゃたん)沖で座礁、沈没。→北谷村民は乗員67名を救出してもてなし、帰国に対して船を提供。→「サマリア人」と評される。

1840~42年 〔英・清〕阿片戦争→南京条約

1842年(天保13) 薪水給与令

  • 阿片戦争の情報を得て、異国船打払令を改め、異国船の来航に際して薪水や食料を給与し、対外的緊張緩和をはかった。

1844年4月28日~5月6日 〔仏・琉〕 フランス軍艦アルクメール号来琉

  • 6月18日、本国の薩摩に飛船(とびぶね)→同日、野本市朗江戸へ→6月28日、島津斉興(しまづなりおき)等に報告→老中阿部正弘に内申→10月20日、幕府からの内命で薩摩は総勢75名の兵を琉球に送る。
  • 仏人宣教師フォルカードを残す→2年間琉球に滞在し、琉仏辞典を著す。
  • 以降、1846年、1855年と3度の来琉

1844年8月 〔薩摩〕 『琉球秘策』

  • 儒学者、五代秀堯(尭)(五代友厚の父)が執筆した、琉球をどう守るかということが書かれた書。
  • 「琉球の処分は」という言葉で始まる。

1846年 〔英・琉〕スターリング号来琉

  • 福州にある琉球館に通商を求めるも拒否された事による。

1844年10月24日 〔仏・清〕黄埔(こうほ)条約(清仏修好通商条約)

  • 天津条約や望厦(ぼうか)条約(1844年の清と米の条約)を踏襲したもの。前年に英が結んだ虎門寨(こもんさい)追加条約とともに、中国の半植民地化をより促進した不平等条約。

1846年5月 〔仏・琉〕フランス軍艦サビーヌ号来琉(2回目)、翌月クレオパトール号来琉

  • セシーユ提督はこの時、琉球駐在の薩摩役人に言及し、薩摩の支配下にあることを見抜いている。
  • ヨーロッパとの貿易のメリットを説き、薩摩の支配から脱却することを勧告。→琉球は交渉を引き延ばし、条約締結には至らずセシーユ提督は去る。

1844年 〔蘭〕オランダ国王ウィルヘルム二世の開国勧告→幕府拒否

1846年 〔米〕ビッドル浦賀来航、通商を要求したが、浦賀奉行の拒否にあって退去。

1851年 ジョン万次郎(中浜万次郎)帰国(琉球上陸)→1853年 鹿児島到着

1853年5月26日 〔米・琉〕ペリー来琉 →1854年「琉米修好通商条約」締結

1853年7月8日(嘉永6年6月3日) ペリー浦賀来航

  • 軍艦4隻を率いてフィルモア大統領の親書を幕府に提出→翌年江戸湾に再航。

1854年3月31日 日米和親条約

  • 最恵国待遇(片務的)など、不平等条約安政五箇国条約

 

上記年表には書いていませんが、薩摩や長州などはこの時期、独自に西洋列強と交易したり戦争したりしていたのですから、薩摩の勢力下にあった琉球の出来事もその歴史の一部なのです。

 

「沖縄はいつから日本であったか」-政府見解

これは以前のエントリー『【沖縄】「沖縄はいつから日本であったか?」 曖昧な政府見解を正した山田宏参議院議員の国会質疑』で書いたことですが、この時に正された政府見解についてもう少し補足します。

下記は、2017年(平成29年)6月5日の山田宏議員の質問に対する安倍総理の答弁を抜粋したものです。

 

○山田宏君 国際法上だけじゃなくて歴史上ですね、向こうは歴史的にやっているわけですから、歴史上明らかだと、こういうふうにやっぱりきちっとこれを補充すべきだと思うんですが。
 これ、第一次安倍内閣のときの閣議決定されたのが、明治以降ははっきりしているが、その前ははっきりしないというやつですから、総理、今の外務大臣の答弁を受けて、きちっと充実をさせていただきたいと思いますが、いかがでしょう。

○内閣総理大臣(安倍晋三君) ただいま外務大臣から答弁をさせていただいたとおり、沖縄については、寺島外務卿が、沖縄が数百年前から我が国所属の一地方である旨述べていたことが確認されています。いずれにせよ、沖縄は長年にわたり我が国の領土であり、沖縄が我が国領土であることは国際法上何ら疑いもないところであります。
 また、繰り返しになりますが、寺島外務卿が述べたのは、沖縄が数百年前から我が国所属の一地方であるということでございます。

 

この質疑は、『沖縄はいつから日本なのか-学校が教えない日本の中の沖縄史』(ハート出版)の著者である仲村覚氏が山田議員に渡した史料を元にしたもので、それは仲村氏が外務省のサイトにあったものをダウンロードしたものだそうです。

これがどういったキーワードで検索すればいいのか分からないのですが、その内容を前述の本を参考にして書くと、明治12年の沖縄県設置後に清からの抗議を受けてやりとりした記録で、同年8月2日に、寺島卿は「琉球は嘉吉元年(1441年)より島津に属し、日本は数百年琉球の統治権を行使した」旨の回答をしたそうです。

更に清国から抗議を受けると、新外務卿・井上馨が宍戸璣(たまき)駐清公使に命じて再度回答を送り、「清国が琉球の主権主張の根拠とする朝貢冊封は虚文空名に属するもの」、「日本が琉球を領有する根拠は、将軍足利義政がこれを島津忠国に与えたときより確定している」と答えています。

  

  

  


 

 

 

2019/04/03

【新元号】外務省が「西暦に一本化」→「河野氏沈静化を図る」 これってマッチポンプ記事じゃ?

前回、朝日、時事通信、毎日が、わざわざ新元号発表の日に、「外務省が西暦に一本化」という記事を書いたことをブログに記しました

ちなみに、独自取材をしていないようなメディアの同様の記事はいくつかありましたが、少なくとも読売や産経ではそのような記事は紙面にはありませんでした。

あくまでもブログ主の穿った見方、しかし、モリカケの時に慣らされた目で見た見方ですが、どうも、「火のない所に煙を立てて、周囲から批判をさせ、『慌てて河野大臣が沈静化を図った』ことにする」流れに見えるのです。

  

  

1日の時事の記事だけ転記します。

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019040101393&g=pol
【時事】省内文書、元号取りやめ検討=外務省
2019年04月01日22時32分

 外務省が省内の公式文書について、5月1日の改元を機に元号表記を取りやめ、西暦表記にする方向で検討していることが1日、分かった。外務省幹部が明らかにした。予算関連文書などに関しては各省とそろえるため元号使用を続けるが、西暦化が可能なものは移行していく。

 

前回書いたように、匿名の外務省幹部の発言だけがソースです。

ツイッターなどでは、外務省を批判する声が多く上がりました。

 

そして、2日付けの記事。

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019040200905&g=pol
【時事】 外務省「元号不使用」が波紋=官邸不快感、河野氏沈静化図る
2019年04月02日18時13分

 外務省が省内の公式文書で元号表記を取りやめ、西暦に原則として統一する方向で検討に入ったことが波紋を広げた。新元号「令和」決定の直後、安倍政権が新時代の幕開けを盛り上げていこうというタイミングに冷や水を浴びせたとの見方も出ている。河野太郎外相は2日の記者会見で「特に何か大きくルール変更をするわけではない」と沈静化を図った

月内公文書「令和」使わず=元号法に基づき-政府 (←1日付け記事へのリンク

 各省庁は通例、外国との交渉の際は西暦を使用する一方、内部文書は西暦と和暦が混ざる。混乱や間違いにつながる恐れがあるため、外務省幹部は1日、今回の改元を機に予算や閣議に関連する文書を除き、西暦表記を原則とする方針を示した。

 これに対し、首相官邸幹部は2日、「そんなことはあり得ない」と不快感を表明。自民党の萩生田光一幹事長代行も会見で「国内の行政文書は元号も大切にする役所であってほしい」と苦言を呈した。
 現在、公文書に元号使用を義務付ける法令はなく、西暦併記の基準もない。河野外相は2日の会見で「外務省は外国とのやりとりが多く、その時に和暦を使うことは現実的に考えられない。西暦を使ったものをわざわざ和暦にする、あるいは和暦を併記する必要はない」と指摘。目的は元号の排除ではなく、業務の効率化だと釈明した。

 

これが、ブログ主には、「外務省幹部」の発言だけで記事を書き、そして、その記事を元に首相官邸幹部に取材して、「不快感を表明」させているように思えるのです。今まで、「○○幹部/○○関係者によると~」という記事を散々見てきた身としては、このキーワードを見ると、「この記事を書く意図は?」と、まず考えてしまうのです。

 

なお、2日、共同通信は下記のような記事を書いていました。

 

https://this.kiji.is/485759931570095201?c=39550187727945729
【共同】 他文書の和暦使用は継続
2019/4/2 19:35

 河野太郎外相は2日の記者会見で、新元号「令和」決定を受けた対応に関し、外務省の内部文書である公電を西暦のみの表記にしたいとの考えを示した。他の文書への和暦使用は基本的に継続する意向を表明。「大きくルールを変更するわけではない」と述べた。公電は外務省と在外公館などとの間で交わす電報。

 外務省が「西暦表記への統一を検討」と伝えた一部報道は事実かと聞かれた際に答えた。公電の表記を西暦に統一する理由に関し「外国と西暦でやりとりした記録を、わざわざ和暦にする必要はない」と語った。同時に「閣議や会計に関する文書などは引き続き和暦になる」と説明した。

 

蓋を開けてみたら、「公電」のみ西暦。

しかも、元々海外とのやり取りだから西暦を使っていたものを和暦に変換するのをやめるというもの。

 

もちろん、「もっと全面的に見直すつもりだったのが、周囲から思わぬ批判を受け、慌てて、『公電』だけにした」というストーリーも成り立ちます。

しかし、ブログ主の目には、まず、外務省幹部の発言(リーク?)がタイミング良く新元号発表の日に出るというのが不自然に思えるのです。そして、上の記事(2日 時事通信)を見れば、「外務省が元号使用をやめるそうですが、どう思われますか?」と首相官邸周辺に聞いて回ったことは容易に想像できます。当然、不快感を示すでしょう。

 

実は、新元号発表に先立つ3月29日の記者会見で、元号に関する河野氏の発言があったことは事実です。朝日の記事から引用すると、下記のような内容ですが、記者会見ということは、どこかの記者の質問に対しての答え。もしかしたら、この時からストーリーが描かれていたと考えるのは思い過ごしかもしれませんが、年度の途中で元号が替わるのですから、河野氏のこの発言は尤もなことだと思います。

 

河野氏は3月29日の記者会見で「2019年が(新元号の)元年となると計算をどうするのか。西暦と元号の間の行ったり来たり、という時に間違いがないよう対応したい」と説明。

 

ブログ主も慰安婦問題や「徴用工」問題などではっきりと日本の立場を世界にアピールしない外務省に対しては日頃思うことはあります。

ただ、それと同じくらい、日本の大手メディアの報道には猜疑心を抱いているのです。

  

  

 


 

 

 

2019/04/02

【新元号】外務省が西暦に一本化? これを報じたメディアは...

4月1日、新しい元号が「令和」と発表されました。

ブログ主はもちろん改元は昭和から平成しか経験したことがありませんが、天皇の崩御とセットでない改元は、ブログ主のみならず、誰もが経験したことがなく、一層、祝賀ムードに包まれていたように感じます。

 

そんなときにネットで見かけた朝日新聞の記事が掲題の内容。探してみると、他に2社が同様の記事を書いていました。

取り敢えず、3本の記事を並べてみます。(あれ? 毎日の記事、昨日見た内容と変わってる。もうちょっとネガティブだったのに、コッソリ書き直したなw)

  

  

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190401-00000080-asahi-pol
【朝日】和暦やめ西暦の原則使用、外務省が検討 読み替え煩雑で
4/1(月) 20:29配信

 外務省が元号を使った和暦の使用を原則的にやめ、西暦を使う方向で検討していることが1日、わかった。これまで外交交渉で西暦を使用する一方、省内の文書は西暦と和暦が混在していたため、読み替えが煩雑で間違う恐れもあった。外務省幹部は取材に対し、「(省内の文書を含めて)基本は西暦を使うように変えていく」と明言した。

 外務省関係者によると、西暦表記を原則とする手続きや時期について現在、検討を進めている。会計年度や閣議の資料などの表記には例外的に元号を使わざるを得ないとみられるが、外務省関係者は「わかりやすさを重視していく」と話した。

 河野太郎外相は3月29日の記者会見で、「2019年が元年になると、計算をどうするのか。西暦と元号の間の行ったり来たりというときに間違いがないように、しっかり対応していきたい」と述べていた。(清宮涼)

 

https://mainichi.jp/articles/20190401/k00/00m/010/250000c
【毎日】外務省は西暦に一本化検討 文書表記、改元に合わせ
2019年4月1日 20時46分(最終更新 4月1日 22時10分)

 外務省は、省内で作成する行政文書や外交文書の日付の表記を西暦に統一する検討に入った。現在は西暦と元号を併用しているが、併記の際に換算する手間があるとして、河野太郎外相が天皇陛下の退位決定を契機にルールの整理を指示。5月の改元に合わせて省内に通知すること検討している

外務省によると文書作成時の西暦と元号の使用に明確な規則はない。決裁文書の表紙は元号だが、文書作成日を西暦で表すケースもある。1年間の外交活動をまとめる外交青書は「平成30年版外交青書(外交青書2018)」のように西暦と元号を併用。政府開発援助(ODA)に関する国際協力白書は「2018年版」と西暦を用いている。

 同省は今後は西暦表記を原則とし、予算や閣議関連など他省庁と統一様式の文書などについては元号を残す方向だ。河野氏は3月29日の記者会見で「2019年が(新元号の)元年となると計算をどうするのか。西暦と元号の間の行ったり来たり、という時に間違いがないよう対応したい」と説明。同省関係者は「外国との交渉では西暦を用いている」と一本化に賛同するが、「西暦と元号が混在するあいまいさも日本らしくて良いのに」(別の幹部)と省内に惜しむ声もある。【秋山信一】

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019040101393&g=pol
【時事】省内文書、元号取りやめ検討=外務省
2019年04月01日22時32分

 外務省が省内の公式文書について、5月1日の改元を機に元号表記を取りやめ、西暦表記にする方向で検討していることが1日、分かった。外務省幹部が明らかにした。予算関連文書などに関しては各省とそろえるため元号使用を続けるが、西暦化が可能なものは移行していく。

 

これで分かるのは、河野外相の発言は3月29日の記者会見のもので、(今現在は動画などをチェックしていませんが)、骨子は「混乱しないように気をつける」ということだと思います。

ブログ主のいた会社では、請求書などの対外的なもの以外、社内文書は西暦を使うのが一般的(ルールではない)だったので、さほどの混乱はしませんでしたが、役所は内部では分かりませんが、web上の日付などでも和暦表示なので、注意が必要なのは当然のことです。また、これを機に、ルールを明確化するとしたら、それも理解できます。

 

問題は、「元号表記をとりやめ西暦に一本化」という外務省の発言。

「幹部」、「関係者」という表現で分かるように、公式な発表ではありません。

(昨日見た限りでは)三社の記事は非常に似ていたので、おそらく、ソースは一緒でしょう。

しかし、仮に、「西暦に一本化」するとしても、昨日の祝賀ムードの中、それに水を差すようなことをわざわざ言うでしょうか?

ブログ主は、「関係者」なる人物の発言を歪曲したか、あるいは三社と同調する「関係者」と示し合わせた記事では?と思います。

 

正直に言って、昨日のマスコミの元号狂想曲はちょっと異常だと思ったのですが、(元号と同じ名前の人を探したり、オットセイに元号を書かせたり、etc.)それだけお祝いムード一色の日にこんな記事をわざわざ出すメディアも異常です。

  

  

 


 

 

 

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