【愛媛県文書】下村博文文科大臣の「けしからん」発言の意味と時期
公開: 2018/05/26 22:20 最終更新: 2018/05/27 8:10
以前のエントリーで愛媛県が5月21日に参院予算委に提出した文書(旅費精算書を除く)を掲載しましたが、以下のことに気づきました。
- 愛媛県の「復命書」(No.7~10)は語彙から「備忘録」や今回公開された「個人メモ」を書いた人物と同一と思われる。(「備忘録」と「個人メモ」は語彙や異なるフォントの混在から同一人物と思われる。)
- No.24~27は同様に藤原次長や柳瀬総理秘書官との面談を記録したものであるが、上とは別の人物が書いた文書と思われる。(「総理案件」という表現など語彙の違いから。)
では、No.24~27は誰が書いたかと言うと、愛媛県東京事務所の職員と思われます。可能性としては愛媛県から参加した別の職員〔主幹〕ということもあり得ますが、同じ課の職員が別々に報告書を作成する必要性はないからです。
また、以前コメントいただいた奥穂3190様も指摘なさっていますが、こちらの文書の方が分かりやすく、信頼性が高いのです。(愛媛県職員の書いた文書が信用がおけないというよりも、誤解を生じない文章という意味です。)
復命書は一度作成された後は印刷してファイルされているので、内容自体は信用できます。
また、下村博文文科大臣に関する記述に違いが見られます。
それについて書く前に、もう1点、分かったことですが、
- 4月2日の東京出張の時にはまだ第26次構造改革特区の最終結果は公表されていなかった
ということです。
これは「復命書」(No.8)に、“(現在26次特区申請を行っているところであり、その最終結果が公表されていないが、その点はどうなるのかとの質問に対して)最終結果の公表は保留している。”という記述があることから分かりました。括弧内は訪問者が発した質問で、答えたのは藤原次長です。
このことは頭に入れて文書を読む必要があり、従って、下村博文文科大臣が「けしからん」(←愛媛県職員の表現)と言ったのは、やはり、構造改革特区の提案に関するものと思われます。
これは以前にも、国家戦略特区であるなら間にワーキンググループ(以下、WG)委員が入るので、提案者と文科省や文科大臣が直接やり取りすることはないという根拠を書きました。
構造改革特区の答えが出ていない状態、と言っても、文科省に判断させてたら認める訳はないので、新潟の提案(2014年7月18日提案、WGヒアリングは8月5日~2015年2月3日)で、WG委員は「獣医学部申請の解禁」をやる気になっていました。たった告示1枚で52年間も作られていない“固い岩盤”を打破したら、これは国家戦略特区の目玉案件になると、内閣府地方創生推進室も考えたのではないでしょうか。それには内容が充実している今治市+加計学園は最適です。
次に、下村大臣に関する記述の2つの文書の違いについて。
まず、愛媛県職員が書いた報告を見てみます。(No.9/復命書)
(加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんと言っているとの発言があったとのことであり、その対応策について意見を求めたところ)今後、策定する国家戦略特区の提案書と併せて課題への取り組み状況を整理して、文科省に説明するのがよい。
これはNo.20の文書にもこれに関する記述があるので、それも下に引用しておきます。(3月24日の加計学園と柳瀬秘書官の面談の報告を受けている文書なので、その直後に作成したと思われるが、柳瀬秘書官の面談を知ったのは4月1なので、この部分だけは4月1日かそれ以降に追記したものと思われる。)
さらに、安倍総理と加計学園理事長が先日会食した際に、獣医師養成系大学の設置について地元の動きが鈍いとの話が出たとのことであり、同学園としては柳瀬首相秘書官に4月2日午後3時から説明したいので、県と今治市にも動向願いたいとの要請があったと今治市から連絡があった。
4月1日に追記したものなら、「先日」とは3月中~下旬と想像されます。但し、総理と加計氏がその頃会食した記録はありません。(【総理と加計氏の会食・ゴルフ日程】参考)
また、課題として、「地元の動きが鈍い」ということのようですが、これだけでは何のことかよく分かりません。
次に、東京事務所職員?が書いた文章です。(No.25の下から2行目~No.26)
四国全体で公務員獣医師が不足していて、知事会でも獣医学部のニーズがあるといった趣旨を訪問者側が説明した後の藤原次長の発言です。
- そのスタンスであれば獣医師会の反対は要件ではないと思うが、(懸案として、安倍総理が文科省からの宿題を返せていないという話があり、そのことを心配されていたと聞いたが(加計学園))
- その話は下村大臣のところにもっていったのか?
(百点満点の答えが出ているわけではないが、その点については県・市からも説明して貰いたい(加計学園))
(昨年12月に専門教育課にはご説明に伺っている。獣医師会について一度説明しているものの、それから面会できないといった状況であり、こちらとしてもなんとかしたいと思っているところである(愛媛県))
(中央(獣医師会)からの引き留めが強いが、「うちに作るなら」という話があるのも事実(加計学園))
と、あります。
「課題」、「宿題」と表現は異なりますが、安倍総理から伝えられたということで同じ件、すなわち、下村大臣の「けしからん」発言の事だと思われ、愛媛県職員の文書では不明だった課題というのが、「獣医師会の反対」のことだと分かります。
「その話は下村大臣のところにもっていったのか?」という藤原次長の問いに対し、愛媛県の答えは「昨年(2014年)12月に文科省専門教育課に行き獣医師会のことを説明した」と書いてあることから、12月に説明に行ったのは、既に何か課題が出されていたたからと想像できます。これは「復命書」(No.7)にも「ちゃんと昨年12月26日にペーパーにより文部科学省に直接説明している」との記述があります。
「それ以来面会できていない」相手は下村大臣と思われるので、12月の説明では不十分で、それ以来「課題」(「宿題」)を解決できていない状態なのです。だから、3月中~下旬に総理と加計理事長が会ったなら、そのことを伝えてもおかしくはありませんが、残念ながら、会食の記録はありません。しかし、仮に会ってそのような話をしても、あくまでも構造改革特区の話なので、総理は構造改革特区で加計学園が獣医学部を作ろうとしているのは知っていたと言っており、それと矛盾しません。
次の文は分かりにくいのですが、「中央」と書いていることから、愛媛県中医師会との温度差のことを説明しているのではないかと思います。
「中央からの引き留めが強いが、(愛媛県獣医師会)は理解をしてくれている」というような意味かと思います。
ここでは安倍総理と加計理事長との会食という言葉は出てこないのですが、【総理と加計氏の会食・ゴルフ日程】を見てみると、4月2日以前では2014年12月21日に会食をしています。(その次は2015年6月4日)
第26次構造改革特区に応募したのが2014年11月であり、始めから中央の獣医師会は一番のネックだとは分かっていたはずなので、文科省からすぐにそれを指摘され、12月21日に安倍総理を通じて伝えれていたていた可能性はないでしょうか。
もし、12月21日に安倍総理から(表現はこの通りかどうか分かりませんが)「下村大臣が『けしからん』と言ってたよ」と言われたら、すぐにでも東京に飛んで行くでしょうし、実際に、12月26日に文科省にペーパーを持参して説明(No.7より「ちゃんと昨年12月26日にペーパーにより文部科学省に直接説明している」)しています。こう考えると、会食が12月21日というのは整合性がとれるのすが、どうでしょうか。
この想像はともかく、2015年4月まではまだ第26次構造改革特区の審査中でもあったということを前提に考えたら、下村大臣が課題を出すのも分かるし、総理が加計学園が事業者だと認識したのも不思議ではありません。
【総理と加計氏の会食・ゴルフ日程】(赤旗より取得)
もう一つ、こう考えた根拠は、No.17(3月3日の加計学園と件との打ち合わせ記録)の文書です。2の②として、以下のような記述があります。
②下村文科大臣が一歩引いたスタンスになっており、県においても、官邸への働きかけを非公式で実施いただけないかとの要望があったが、政治的な動きは難しい旨回答。
この職員は作成した文書に関連あることだと追記していくので、これがいつの時点かは不明ですが、3月3日以前に加計学園から要望を受けていて、検討してこう答えたのか、その場で即答したのかは不明です。
ただ、3月3日頃に「一歩引いたスタンス」なのに、3月中~下旬に「(課題に答えず)けしからん」などと言うでしょうか?
ここまで、なんとか辻褄が合うように考えたのですが、「個人メモ」に書かれていることの時系列が不確かなので、今のところ、2014年12月21日に安倍総理が下村大臣の発言を伝えたと考えるのが一番しっくりくる気がします。
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