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2018/04/08

『学園浸透スパイ事件』とその時代 No.1 朝日新聞の罪

現在、『徐勝-「英雄」にされた北朝鮮のスパイ 金日成親子の犯罪を隠した日本の妖怪たち-』(張明秀著/宝島社)という本を読みつつ、日付を拾って時系列に整理していますが、年表のような形にするときに、なるべくシンプルにしたいので、『学園浸透スパイ事件』とその時代』と題して、少しずつ主な人物や出版社・新聞(主に岩波書店、朝日新聞)、政党(主に社会党)について個別にまとめておこうと思います。

カテゴリも分けました。過去の徐勝氏関係の記事も『【政治】学園浸透スパイ事件とその時代』に分類しています。

 

 

 

 

既に著者については前回まとめましたが、少し追加しておきます。

本書は元は『宝島の連載』で、連載当時から著者は社会党ばかり攻撃してなぜ共産党は批判しないのかという批判があったそうです。

しかし、著者の張氏が属していた朝鮮総連は元々は共産党の別同部隊のようなものでしたが、1955年(昭和30年)に日本共産党が第6回全国協議会(六全協)で暴力革命路線を放棄して在日朝鮮人は追放されます。

これは総連だけでなく、後に民団(在日本大韓民国民団)を組織する人達も追放されます。この総連や民団の系譜は『ヤクザと妓生が作った大韓民国 ~日韓戦後裏面史』に詳しく説明されています。

 

そして、著者によれば共産党は早くから北の対南工作や爆弾テロに反対していて、そのため、北の謀略行為についても『赤旗』などの共産党関係の資料に詳しく書かれているのだそうです。

しかし、共産党はかつて朝鮮労働党を友党とし、金日成の個人崇拝に一役買っていったので、素知らぬ顔をしている、と著者は批判します。

 

徐勝-「英雄」にされた北朝鮮のスパイ 金日成親子の犯罪を隠した日本の妖怪たち-

著者名:    張明秀/著
出版社:    東京 宝島社
出版年月:    1994.12
価格 :    1359円
ページ数:    237p
大きさ:    20cm
ISBN:    4-7966-0892-3

抄録:    徐勝は日本海に不法侵入する北朝鮮の秘密工作船で平壌に行き、スパイ訓練を受け韓国に潜入した。その事実をデッチ上げとした日本人のマスコミと文化人たち。彼らと金日成独裁政権との怪しい関係がついに暴かれる。

著者紹介:    〈張明秀〉1934年朝鮮生まれ。53年から朝鮮総聨の活動家として、在日同胞の帰国事業等に携わる。88年総聨を批判し役職を離れる。共和国帰国者問題対策協議会を結成。著書に「38度線突破!」他。

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

朝日新聞岩波書店日本社会党…「民主」と「人権」を掲げる彼らが、なぜ金日成の国際謀略を隠したのか。徐勝は、日本海に不法侵入すると北朝鮮の秘密工作船で平壌に行き、スパイ訓練を受け、指令どおりに韓国に潜入した。その事実を「デッチ上げ」と報道した日本のマスコミと文化人たち。彼らと金日成独裁政権との怪しい関係がついに暴かれる。

内容(「MARC」データベースより)

徐勝は日本海に不法侵入する北朝鮮の秘密工作船で平壌に行き、スパイ訓練を受け韓国に潜入した。その事実をデッチ上げとした日本人のマスコミと文化人たち。彼らと金日成独裁政権との怪しい関係がついに暴かれる。

【目次】

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朝日新聞の罪

著者は本書の中で文化人の実名を挙げて批判しています。しかし、それらは所詮個人の活動であり、一般庶民への影響力はたかが知れている、と書いています。そして、問題は国民的大新聞がそれを行ってきたことだと、朝日新聞に1章を割いて糾弾しています。

以下、これについてまとめます。(括弧内のページはブログ主の覚え書きとして本の箇所)

 

以前のエントリーで朝日の記者が総連の手足となって活動していると書きましたが、それ以来、著者は過去の朝日の朝鮮関連の記事をしらみつぶしに調べたそうです。その結果、朝日新聞が一貫して北朝鮮に関する情報の捏造や歪曲を行ってきたと断じています。(P126)

北朝鮮への帰還事業で帰国した同胞が次々と行方不明になっていることで様々な家族が活動しますが、宮田という記者はそういう人々に電話をかけて直接非難していたそうです。

 

日本共産党の機関誌『赤旗』の特派員として72年から平壌に駐在した萩原遼氏は、日本で耳にした話と実態とのギャップに衝撃を受けます。その日本での宣伝を行っていたのが宮田記者で、彼は71年に北朝鮮に招かれ、2ヵ月間滞在して見聞きしたこととして朝日新聞夕刊に12回に渡って連載します。タイトルは『チュチェの国 北朝鮮』というもので、「チュチェ(主体)思想」とは、金日成・金日成親子を絶対化神格化して、金日成の思想以外のいかなる考えも知らないこと、と定めるもので、マルクスやレーニンすらも否定するものです。

宮田記者の書いた記事はそのような北朝鮮を礼賛するものでした。

彼は他にも徐勝氏の母親へのインタビュー記事を岩波書店の『世界』(80年4月号)に書いており、その2ヵ月後に母親が亡くなると、朝日新聞は『息子よソウルの春はまだか』というタイトルで大きく報じます。(記者は不明)その後も紙面に「徐君兄弟を救う会」の人物を取り上げたり、社を挙げての一大キャンペーンを行います。

 

彼の他にも徐兄弟逮捕時にソウル特派員だった猪狩という記者は一貫して「この事件は韓国政府のでっち上げ」という前提での記事を書き続けます。逮捕された71年の朝日の紙面は北朝鮮への称賛と韓国の反政府デモの記事で埋まっているそうです。

1971年は大統領の座を巡って朴正煕と北に融和的な金大中が熾烈に争っていました。(結果は4月27日に朴氏が大統領三選)

従って、学園浸透スパイ事件は北への敵意を煽るために大統領がでっち上げたという先入観で記事を書いています。

この記者も80年に北に招かれて1ヵ月滞在し、北を称賛する記事を何本も書いています。著者はたまたま同時期に北に帰国した家族を訪ねていて、北朝鮮のハリボテのような店先や貧しい農村部を目にしているので、猪狩記者の表面的なことしか見ていないルポを批判しています。

 

朝日新聞に30年務めて『朝日新聞血風録』(文藝春秋)という本を著した稲垣武氏はその中で、共産圏(中ソ、北朝鮮)に対する甘さと自由主義国、特にアメリカと韓国に厳しいというダブルスタンダードを批判しています。(→ブログ記事『【書籍】『財務省「文書改竄」報道と朝日新聞 誤報・虚報全史』(月間HANADA)/朝日新聞血風録(稲垣武著)

 

 

朝日新聞は度々特別取材班による金日成との会見記を紙面に載せているそうで、71年9月27日、92年4月2日朝刊、昨年春(執筆当時93年か94年)では「朝鮮人民革命軍」(後に架空のものと判明)による日本軍相手の抗日遊撃戦というプロパガンダをそのまま垂れ流していました。

ここに92年当時日本テレビのキャスターであった櫻井よしこ氏(本書では桜井良子)の名前が出てきます。この年、朝日新聞は各界著名人に朝日を批判させる『VS朝日新聞』というシリーズを連載していて、7月18日に櫻井氏の朝日批判記事を掲載していました。(P.143)

朝日の“ガス抜き”のようなシリーズだと思いますが、櫻井氏らしく、「核開発はどこまです進んでいるのか」、「李恩恵()の問題」、「日本海の海岸から消えた日本人の問題」をなぜ訊かないのかと批判した記事だそうです。

 

李恩恵: 拉致被害者の一人で、1987年に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯)の日本人化教育係であったとされる女性。田口八重子さん。

 

94年5月からは朝鮮学校の生徒へのいじめに関するキャンペーンが始まります。この本でも既に「疑惑のチマチョゴリ報道」という書き方をしていますが、その後、この事件がネットでも様々な検証が行われているのは周知のことと思います。(→チマチョゴリ切り裂き事件

著者はこの事件の報道が朝鮮学校の処遇改善キャンペーンと絡んでいることを見抜いています。(P146~)

 

朝日新聞は93年の社会党山花委員長の訪韓にあたり、社説で社会党の親北・反韓政策という「冷戦時代の遺物ともいうべき不自然な関係がまた一つ精算された」と書いていますが、著者は朝日新聞自身こそ明確な反省を表明すべきと厳しく批判しています。

 

1970年~80年という時代

ここで少しだけブログ主の記憶を書いておきます。70年代はさすがに子供だったので、その程度の記憶と思ってお読み下さい。

この頃は、北朝鮮というと、よく枕詞に「ベールに包まれた」という言葉が使われていました。北によるテロ事件もしばしば報道されていたし、日本国内でスパイが見つかるというのも時々ありました。しかし、テロにかけては日本も負けては(?)いなかったのです。

 

徐兄弟がスパイ容疑で逮捕されたのは1971年(昭和46年)ですが、1969年には北朝鮮の工作員による大韓航空機YS-11ハイジャック事件が起きています。しかし、日本でも、その間の1970年には「よど号ハイジャック事件」が起きました。

翌年の1972年には2月に浅間山荘事件、5月には日本赤軍の奥平剛士・安田安之・岡本公三による「テルアビブ空港乱射事件」が起きています。そんな時代だったのです。

この年は話題に事欠かない年で、1月にグアム島で横井庄一さんが発見されたり、2月にはニクソン訪中に札幌オリンピック、5月には沖縄返還、アメリカでは6月にウォーターゲート事件、8月に開催されたミュンヘンオリンピックではパレスチナ・ゲリラ団「黒い9月」がイスラエル選手団を襲撃、殺害をしています。混沌とした1年でした。

 

80年代のいつかは忘れましたが、社会人となって間もない頃に北朝鮮のスパイが国内で逮捕されました。なぜ覚えているかというと、会社のある部署の取引先の人間だったからです。

そして、その部署にいる同期が、お昼を一緒に食べているときか何かで、「ウチの部の○○さんは、以前、そのスパイに誘われて、プライベートで平壌に遊びに行ったんだよ。でも、バカだからスパイには使えないと拉致もされなかったんだろうねって、部内で笑われてた。」と言い、みんなで笑ったことを覚えています。

そんな時代で、恐ろしいというより、不気味な国という認識でした。テレビのニュースでも、現在と違って、北朝鮮の何かの祝祭日でマスゲームをやっているところなどが普通の海外ニュースとして紹介されていました。

今にして思えば、マスメディアは北朝鮮をなるべく“変わっている国”くらいの報道に抑えていたのだと思います。

一方、韓国はというと、ブログ主が物心ついたときは軍事政権下でした。朴正煕(ぱくちょんひ)大統領の頃です。

 

朴正煕(ぼくせいき/ぱくちょんひ) 1917年~1979年

大韓民国元大統領。娘は朴槿恵(ぱくくね)

1937年大邱師範学校を卒業後、42年満州国軍官学校から日本の陸軍士官学校に学び、関東軍に配属された。大東亜戦争後、韓国陸軍士官学校へ。その後軍人としての道を歩み、陸軍少将時の1961年に軍事クーデターによって政権を奪取する。

以後、独裁政治を行い、最後は側近のKCIA(※)部長に暗殺された。

1974年8月15日の光復節(日本からの解放を祝う日)に狙撃され、演題の陰に隠れて難を逃れるも、夫人が射殺される。射殺犯は在日韓国人二世の文世光(むんせがん/当時22歳/大阪生野西支部により包摂され対南工作員となる)文世光は民団系の青年組織・韓青(在日韓国青年同盟)の幹部であった。

※KCIA: 韓国中央情報部(KCIA) 1963年12月に設置された諜報機関。朴正煕政権では一つの政治勢力として郡部と張り合っていた。情報部長の任命権は大統領にあり、79年に金載圭中央部長による朴大統領暗殺事件以降、機構は縮小され80年にNSP(国家安全企画部)に改称。

 

1973年8月には大統領候補として朴正煕と争っていた金大中氏が東京でKCIAにホテルグランドパレスから拉致されるという金大中事件(きんだいちゅうじけん)が起こりました。

上の解説にも書いたように、その朴正煕も1979年に暗殺されます。

子供心には、よほど韓国の方が恐ろしかったのです。

 

 

 

 


 

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コメント

【ブログ主】
奥穂3190様

まず最初に、(別のどの記事へのコメントでも構わないのですが、)過去の森友記事にコメントされても、右サイドバーの「最近のコメント」欄の一番上に表示され、且つ、メールでも当方に通知されるので、そのコメントに移動するのは容易なので、森友記事にお願いします。(例えば下記の記事)

追記の件は了解しました。これは、4月4日報道のNHKの記事ですよね。ブログ記事は↓

【森友文書問題】昨年2月下旬からの財務省の文書改ざんのキーマンは太田理財局長?
daishi100.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/2-ad39.html
>去年2月17日の衆議院予算委員会で財務省は「8億円かけてごみを撤去するとなればダンプカー4000台分ぐらいになる。実際に撤去されたか確認したのか」などと野党側から追及されていました。

そしてその3日後の20日に口裏合わせという流れですね。
上の記事と内容はダブるのですが、この日の議事録を記載した記事を新たに書きます。

ありがとうございました。

主様

森友ネタで申し訳ありませんが、
時系列のH29・2・17の部分に、福島議員・佐川前長官の質疑を追加していただけませんか。ダンプ4000台とか財務省の口裏合わせ依頼が明らかになってきて、この質疑が理財での危機感の端緒となったことを明確にすべきと思いますので。以下に見る様に佐川答弁は相当に苦しいものです。

福島:819百万円かかるゴミの除去とはどんなものか、だれがどのように確認したのか?
佐川:近財・大阪航空局が現場で確認
福島:何が埋まっていたのか?
佐川:(撤去費用)見積もりは大阪航空局で行っているが、廃材・プら・生活ゴミ
福島:それは法律で除去しなければならない有害・有毒なものか?
佐川:判らない
福島:有害がどうか判らないものの費用負担をなぜ国がやるのか?
佐川:国がやっては入札等で時間がかかり開校予定に間に合わない、早期開校のため深い埋設物は自分で撤去したい・買取りたいとの森友意向があった。
ここでダンプ4000台の話
福島:実際に廃棄物混合土を撤去し、きれいな土を搬入する工事をしたか確認したのか?
佐川:(質問には答えず)大阪航空局が計算して、更地価格から撤去費を差し引いた適正な価格で売っている

検査院報告を読んだ後でこの下りを読み返してみると、佐川氏はもうこの案件が失態であったことをこの時点で十分承知していますね。生活ゴミを籠池が撤去しなかった事も判っていたのでは。

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