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2018/01/27

【領土・主権展示館】 (2) 竹島の歴史と各種資料/韓国の教科書における竹島 【日本固有の領土】

前回に引き続き、政府が作成した資料から竹島の歴史をまとめました。これは、1月25日に日比谷公園内の市政会館内にオープンした「領土・主権展示館」を広める意味で書いています。

「領土・主権展示館」及びこのエントリーの参考資料は前エントリーを参照して下さい。

 

takeshima01

 

 

 

 

目次

  1. 外務省公式動画『竹島について』
  2. 竹島の位置
  3. 竹島は日本固有の領土
  4. サンフランシスコ平和条約(1951年9月)
  5. 一方的な李承晩ラインによる不法占拠と日本漁船の拿捕
  6. 竹島関連年表
  7. 【参考】韓国の歴史教科書における竹島

 

外務省公式動画『竹島について』

1分26秒の短い動画です。

 

 

前回のエントリーを書いてから知ったのですが、外務省のサイトに『日本の領土をめぐる情勢』というページがあり、

 

トップページ > 外交政策 > その他の分野 > 日本の領土をめぐる情勢

 

に、『竹島』のページがあります。動画はそこに貼られているもので、竹島に関する情報はそちらの方が詳しいかと思います。 『動画』のコーナーには他にも尖閣諸島関連として、以下の動画が掲載されています。

 

 

尖閣諸島について

アジア太平洋地域における中国の海洋活動と日本の対応

尖閣諸島の歴史

 

尖閣諸島の位置

竹島は、日本本土から約211 キロメートル離れた日本海南西部に位置し、東島(女島)と西島(男島)の2つの島と、その周辺の数十の小島から成る島々の総称で、単独の島ではありません。これらを合わせた総面積は約0.20 平方km となっています。

 

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竹島は日本の固有の領土

竹島は、日本本土から約211 キロメートル離れた日本海南西部に位置し、東島(女島)と西島(男島)の2つの島と、その周辺の数十の小島から成る島々の総称で、単独の島ではありません。これらを合わせた総面積は約0.20 平方km となっています。

各種の地図や文献から、日本では、竹島について古くからその存在を認識していたことがわかります。17 世紀初めには、日本の町人は幕府の許可を得て、鬱陵島(うつりょうとう)に渡る際、竹島を航路の目印として、またアシカなどの漁獲地として利用していました。

さらに、1900 年代初期、島根県の島民から、アシカ猟事業の安定を図る声が高まり、政府は、1905(明治38)年1 月、閣議決定で竹島を島根県に編入し、同年2 月22 日、島根県知事は、この旨を告示しました。

 

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サンフランシスコ平和条約(1951年9月)

サンフランシスコ平和条約においても竹島は明確に日本の領土として扱われています。

戦後、1951(昭和26)年9 月に署名されたサンフランシスコ平和条約では、日本は朝鮮の独立を承認するとともに、放棄すべき地域に「済州島(さいしゅうとう)、巨文島(きょぶんとう)、鬱陵島(うつりょうとう)を含む朝鮮」が規定され、竹島を日本が放棄すべき地域に含めませんでした。

これに先立つ同年7 月、韓国は米国に対し、「日本が放棄すべき地域に竹島を加えて欲しい」と要求しましたが、米政府は、8 月にラスク国務次官補発の書簡で、竹島は朝鮮の領土として扱われたことはなく、また、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない旨を回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。

このように、竹島は、歴史的にも国際法上も明らかに我が国固有の領土です。

 

一方的な李承晩ラインによる不法占拠と日本漁船の拿捕

竹島が韓国により不法占拠されていることをご存じですか?

1952(昭和27)年以降、韓国は、いわゆる「李承晩( りしょうばん(イスンマン)) ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。

 

takeshima04

 

その後、ライン内に出漁した日本漁船が韓国側に拿捕される事件が相次ぎ、日本側には死傷者(※)も出ました。1953(昭和28)年7月には、竹島周辺で海上保安庁の巡視船が韓国官憲によって銃撃されました。

韓国は現在に至るまで、竹島に警備隊員などを常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設等を設置するなど、不法占拠を続けています。

 

 

※このことは平成18年5月16日付 自民党『領土に関する特別委員会』(委員長 石破 茂)でも報告されています。(資料はWikipedia『李承晩ライン』内に記述されていますが、そのソースとして上記文書のwebキャッシュ-いわゆるweb魚拓-がリンクされています。)以下、一部転載。

* * *

1952(昭和27)年4月28日直前の1月18日、「大韓民国隣接海洋の主権に関する李承晩大統領の宣言」を行い、竹島を含む水域に一方的な主権宣言を行い、いわゆる「李承晩ライン」を設定たことに端を発している(「李ライン」は日韓基本条約が締結された1965年6月22日まで継続。ライン設定前後から拿捕された日本漁船328隻、抑留された船員3929人、死傷者44人)。

 

竹島関連年表

17世紀初め 江戸幕府公認の下、日本人が竹島でアシカ猟やアワビ漁を開始。(資料1)

1896年4月15日 日本が日本海及び朝鮮半島沿岸の海図を刊行。(資料2)

1905年1月28日 閣議決定により竹島を島根県に編入。

1908年8月4日 日本が近代的測量法による竹島の実測図を世界で初めて作成。 (資料3)

1951年9月8日 日本が放棄すべき地域に竹島を含まないサンフランシスコ平和条約に日本が署名。

1952年1月18日 韓国が国際法に反して、日本海上に一方的に「李承晩ライン」を設定し、漁業管轄権を主張するとともに竹島をそのライン内(韓国側)に取り込む。

1952年4月28日 サンフランシスコ平和条約が発効。竹島が日本の領土であることが確認された。

1953年7月12日 竹島で不法漁業に従事していた韓国漁民に対し、竹島から退去するよう要求した。日本の巡視船を韓国官憲が銃撃。

1954年6月 韓国が警備隊を竹島に常駐させ、竹島を不法占拠。

1954年8月 竹島に常駐する韓国の警備隊が、日本の巡視船を銃撃。

1954年9月25日 日本が韓国に対し、竹島の領有権に関する紛争を国際司法裁判所に付託することを提案(1回目)。

1954年9月30日 韓国が近代的測量法による竹島の実測図を作成。(資料4)

1954年10月28日 韓国が国際司法裁判所への付託を拒否。

1962年3月 日韓外相会談の際に、日本が再度、竹島問題について国際司法裁判所への付託を提案した(2回目)が、韓国が拒否。

2012年8月10日 韓国の李明博大統領(当時)が竹島に上陸。

2012年8月21日 日本が改めて韓国に国際司法裁判所への付託を提案(3回目)。

2012年8月30日 韓国が国際司法裁判所への付託を拒否。

 

 

【参考】韓国の歴史教科書における竹島 -『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史』 より-

ここで政府作成の資料を離れて、2001年7月に出版された『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史』 (小学館文庫) 文庫についてレビューも兼ねて書いておくことにします。

だいぶ前に読んだ本ですが、改めて竹島の章を読みました。

最初にこの本が書かれた背景を少し説明をしておくと、この本が出版された当時は、しばしば日本の検定済み歴史教科書に対して韓国(のみならず中国からも)訂正要求がなされていました。当時(金大中大統領政権下)は韓国は国定の教科書一種類しかなく、日本でもその翻訳が出版されました。この本の韓国教科書からの引用はその翻訳本を底本としています。

その後は検定教科書も導入されていたようで、朴槿恵(パククネ/2013年2月25日- 2016年12月9日)時代に国定教科書の一律導入を目指しましたが失脚により頓挫しています。

 

前述の本は当時特に訂正要求の多かった扶桑社の『新しい歴史教科書』の指摘された部分を韓国の教科書と読み比べるという形式で、韓国教科書の誤りを指摘する場合は、その根拠となる図書名も記されています。

 

【韓国の歴史教科書における竹島】

独島は鬱陵島に付属する島(①)で、早くから我が国の領土して連綿として伝えられてきた(②)。朝鮮初期に流民を防ぐため、鬱陵島に住む人を本土に移住させ、一時的に政府の管理がなおざりになったことがあったが、我が国の漁民達が漁をする拠点として引き続き活用してきた。

朝鮮の粛宗ブログ主註:スクチョン、しゅくそう/在位:1674年 - 1720年/李氏朝鮮の第19代国王の時には、東莱に住む漁民安龍福がここに往来する日本漁夫を追い払い、日本に渡って独島が我が国の領土であることを確認させたこともあった(③)

その後も、日本の漁民達がしばしば鬱陵島付近に不法に接近して魚を捕ることがあったが、政府はここに我が国の人々の移住を奨励し、官庁を設置して独島まで管轄するようにした(④)。しかし日本は露日戦争中に独島を強制的に彼らの領土に編入してしまった(⑤)

赤字: 著者が誤りと指摘する箇所/丸数字は便宜的にブログ主が挿入)

 

この箇所は日露戦争(韓国では「露日戦争」)の記述の最後に唐突に出てくるそうです。(当時の)日本側の歴史教科書には特に竹島についての記述がないようで、これに相対する日本側の記述は提示されていません。(歴史で扱うような大事件が起きたわけでもないので当然ですが。

以下は、著者の反論です。

 

①韓国が独島と呼ぶ竹島は鬱陵島とは90km離れており、二島の間には水深2000m以上の海溝もあり全く別個の島。竹島は日本大陸棚の延長線上、鬱陵島は朝鮮半島の大陸棚の延長線上にある。

②朝鮮側文献に初めて独島なる名称が現れるのは1906年(明治39年)

③安龍福は“日本漁夫を追い払った”のではなく、領海侵犯をして日本に拉致されたのが正しい。江戸幕府は対馬藩を通じて韓国側に抗議している。安龍福は朝鮮に戻って「江戸幕府から鬱陵島を朝鮮領として認める書き付けを受けたが、対馬藩に取り上げられた」と証言したとされるが、(現在の竹島は、日本において幕末以前は「松島」と呼ばれ、現在の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていたため)韓国側が安龍福の証言を誤解したと思われる。

④“官庁を設置して”とあるが、韓国の古地図に竹島は存在せず、官庁を置いていた文献もない。②にあるように当時は竹島を知らなかったのだから、官庁を設置できるはずもない。

⑤事実は、(『竹島は日本固有の領土』の章に書いたように)当時竹島でアシカ猟をしていた漁師に要請されて、他国の千両の形跡がないことを確認して竹島の領有並びに島根県への編入を閣議決定した。

 

③の安龍福の件は「竹島一件」と呼ばれているそうで、前述の自民党『領土に関する特別委員会』報告書(リンク先はキャッシュ)にも経緯が書かれています。

 

この本は十数年前の本なので、現在は両国とも記述内容は変わっているかとは思いますが、この本を読むと、韓国の反日の根底にある歴史観がよく分かります。歴史観と書きましたが、自国と周辺国との関係の捉え方、考え方と言った方がいいかと思います。

朝鮮(便宜的にこう呼びます)の歴史を語るときにキーワードとなるのは「事大主義」です。

事大主義とは「自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやりかた」を言いますが、長い間中国(これも本来はその時々の王朝名で呼ぶべきですが、便宜的に中国と書きます)の属国であり続けることで、言ってみれば“虎の威を借る狐”のようなものです。

正確には冊封(さくほう)と言って、中国の天子から爵位を与えられるわけですが、これにより中国が「大中華」なら自分達は「小中華」であり、大中華を中心とした序列で他国を見下すために、彼らの論理では日本はさしずめ「弟分」になるわけです。

日本は遣隋使(日本側の記録では推古天皇時代の607年・608年に小野妹子(おののいもこ)ら、614年に犬上御田鍬(いぬかみのみたすき)らと計3回だが、中国側の記録では600年にも派遣されている。6回派遣されたとする説もある。【広辞苑第6版】)を送っていた頃、既に「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という書き出しの信書を渡して、日本の統治者が自らが天子を名乗って対等の立場で接していますが、韓国は実際の立場はどうであれ、「小中華思想」から脱却することなく近現代を迎えてしまいました。

現代になって歴史教科書を書く際、と言うか、歴史を研究する際、過去の歴史を客観的に見つめなくてはならないはずですが、(多分、その努力はしたのでしょう。)直視に耐えなかったのではないかと思います。そしてその結果ファンタジーをどんどん創り出していったのだと思います。

日本は、かつて中国に対して朝貢していたことも、半島経由で大陸の優れた文化を学んだことを恥ずかしいこととは思っておらず、そのまま受け取りますが、これが韓国の歴史教科書にかかると、「中国からの干渉を受けながらも関係を続けた」になり、「日本に~を教えて“あげた”」になる訳です。

多分、今も変わっていないであろう韓国人の思考方法を知る参考になる本としておすすめします。

 

なお、この本は韓国の歴史教科書と同じ分量を割いて中国の歴史教科書についても論じており、更に著者と韓国・中国識者との対談、更に資料編として扶桑社の『新しい歴史教科書』に対する抗議内容とそれに対する検討結果をまとめたもの掲載されています。

 

 

 

 


 

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コメント

Kの国の人と誤解された?(笑)
「TAKESIMA」は日本領です。
独島などではない事を、歴氏の事実から認めなさい。
톤술 마시고 자고 다물어
(翻訳ソフト使っても俺の頭が文字として認識しねぇ)

↓ 自己紹介

똥 먹는 민족 이여, 사실을 인정하라

↓南朝鮮からのお客さん

개쪽바리는 미친 개

개쪽바리는 미친 개

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