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2010年12月の11件の記事

2010/12/29

『國語元年』

「“あっちかし”持ってくれる? 私が“こっちかし”持つから。」

これは、会社で川崎出身の同僚とテーブルか何かを運ぼうとしていて発した言葉で、それを聞いていた別の同僚に思いっきり笑われました。

(´・ω・`) …

“あっちかし”、“こっちかし”が方言だと気付いた瞬間でした。

まぁ、ブログ主を含め同窓生の皆さんは、あまり方言らしい方言はしゃべらないけど、同級生が集まると、小学生の時のしゃべり方がついつい出ちゃいますよね。

「~だべ」とか。(TVだと、スマップの中居君がそういう話し方しますね。調べたら藤沢出身だとか。)

語尾に関して言うと、我々が話す「~です。」は「DESU」ではなくて、「DES」と、母音を省いて言いますね。

こんなことを思いだしたのは、日曜日の深夜に一挙再放送された井上ひさし作『國語元年』を観たから。(リンク先はNHKサイトの該当ページ)

長いので、録画したものを少しずつ再生して観ました。

内容をコピペすると、

明治初期、”全国統一話し言葉”制定を命じられた文部官僚・南部清之輔。まず家中から統一を試みるが、清之輔は長州弁、妻と舅は薩摩弁、使用人たちは遠野弁、津軽弁と家中は大混乱に・・・。言語と近代国家の緊張関係をユーモラスに描いた。

 

観ている内に段々と放送当時の記憶が蘇り、結末を思いだしてきて、

ちょっと il||li(つω-`。)il||li という気分になったけど...

いわゆる「トラジコメディー(tragicomedy)」というのか、ドタバタ劇なのに結末はかなり重いストーリーです。

そう言えば、日本人が親しんだ『寅さん』の映画は、外国では「喜劇」とは見なされないとか。何かの本で読んだののうろ覚えなので、外国というのはどこか特定の国だったかも。所々に潜む、「暗さ」や「悲しさ」のせいなのだろうけど。(でも、かつてのウィーン市長さんが寅さん映画の大ファンで、そのために葛飾区にモーツァルトの銅像を建てる許可が出たのは有名な話だから、受けないというわけではなさそう。)

ドラマで、川谷拓三さん演じる長州出身の主人公が新しい話し言葉を作ろうと悪戦苦闘するのを、乱暴だけどいちいち問題点を指摘する、佐藤慶さん演ずる会津出身の元武士の正論は、山形出身の著者の言葉を代弁しているのかもしれません。

ふと思いだして、司馬遼太郎氏と井上ひさし氏の対談が載っている本を引っ張り出してみたら、井上氏は長州に対してコンプレックスを持っていて、山口に対しては反感が9割とか発言している(『日本語と日本人』/中公文庫)ので、そういうものも反映しているのかも。

番組の途中に挟まれていた座談会によると、明治政府の文部省で、「全国統一話し言葉」なるものを作成しようとしたのは事実のようで、ただし、それに関する詳しい記述がないそうです。

上述の本の中でも、「そうです」と言う表現は深川の芸者衆(辰巳芸者)の言葉から来ていると書いてありましたが、事実は、ドラマのように政府機関(国語審議会とか)によって作り出された部分もあれば、自然と標準語に昇格(?)したお国言葉なんかから成立しているのでしょうね。

 

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もう一つ、ドラマを見ていて思いだしたのは、この秋に読んだ『冬の派閥』(城山三郎著)。

幕末の尾張藩を描いた作品だけど、後半は北海道に入植した元藩士達の物語りになります。これが、ドラマに出てくる元会津藩士の過酷な状況と重なりました。

ドラマ初見の時はドタバタ劇を笑っていただけだけど、中央(標準語)対地方(方言)、官軍対賊軍といった構図にマイノリティの怨嗟を込めた作品だったのかと、衝撃的な結末にも納得しました。

【追記】

ドラマを見ているときは気付かなかったけど、主人公の南郷清之輔を度々叱責する上司として、名古屋出身の田中不二磨(たなかふじまろ)という人物が名前だけ登場しますが、『冬の派閥』にも登場しているのを思い出しました。

それで、少し追記しますが、尾張藩は『青葉松事件』と呼ばれる佐幕派弾圧を行い、御三家の一つでありながら討幕派に転じたものの、新政府で登用される人物はほとんどありませんでした。唯一、田中不二磨が例外ですが、彼は佐幕派弾圧を行った金鉄組と呼ばれる尊皇派の代表的的人物でした。

他の金鉄組の面々はと言うと、なぜか不可解な死を遂げる者が多く、一部が前述の通り北海道に移住してからも、不慮の死が続くなど、田中不二磨とは対照的な人生を歩みます。

官軍の中でも明暗があり、『勝てば官軍』というほど単純な話ではなかったということですね。

2010/12/27

「空をくもらす火煙よ...」

※公開時から少し追記しました。

先日(12月25日付け)の読売新聞夕刊に、『工場萌え 夜景ツアー』というタイトルの記事が掲載されていました。

夜の工場群を眺めるツアーが大人気で、京浜工業地帯を屋形船から眺めるツアーも、月2回の開催で、毎回大盛況。バスツアーも満席だとのことです。

我々の小学生時代は、公害が大きな話題になっていて、よく光化学スモッグも発生していたし、大気汚染の元凶としてあまりいいイメージではなかった工業地帯が観光資源になっているのは不思議な気がします。

「大気汚染の元凶」と書いたけれど、当時は光化学スモッグ注意報も、「ああ、またか。」って感じだったし、空気が汚いと言われても、小学生では他の土地をあまり知らないし、こんなものかと思っていたんじゃないかと思います。

夕方、教室の窓から、空を赤々と照らす火煙に見とれたりして...

公害で思いだしたけど、授業で公害について学ぶので、事前に調べてきなさいという宿題が6年生の時に出ました。で、ブログ主はkaigaさんと二人でいきなり市役所に行って、「公害についてお聞きしたい」というようなことを受付で言いました。今から思うと赤面ものだけど、市役所の方は担当者(?)に取り次いでくれ、デスクの脇に椅子を用意して二人を座らせ、色々と説明してくれました。資料も集めてくれて...  今更ながら、ご迷惑をおかけしました。 

m(_ _)m

校歌に話を戻すと、校歌(二番)も、

古い歴史の寺町に
今 立ち並ぶ 鉄の塔
空をくもらす火煙よ
わきたつ希望を この胸に
伸びよう 今日もたくましく
川崎大師小学生

 

という歌詞で、日本の産業の中枢を担っている自負みたいなものが感じられ、決してネガティブなイメージではないですね。

(この校歌がいつ作られたのかは、ちょっと調べた限りでは分からなかったのですが...)

その後、作詞者(小林純一)や作曲者(中田喜直)の名前をgoogle先生にお伺いしたところ、下記のように書いてあったので、それほど古くない時代...高度成長期あたりにできた校歌ではないかと想像。

小林純一 こばやし・じゅんいち:東京都 出身 明治44年(1911年)生 昭和57年(1982年)没
中田喜直 なかた・よしなお:東京都渋谷区出身 大正12年(1923年)8月1日生 平成12年(2000年)5月3日没

工場群の捉え方が時代と共に移り変わっていくのが面白いな、と思いました。

20101225_005 そして、校歌について調べていたとき、たまたま「かながわ検定」なるものを見つけました。

これがかなり難しい...

過去問題(第2回)が全て載っているページはこちら

取りあえず、3級の問題を見たいという方はこちら。(PDFファイルが開きます。)

試しにブログ主が3級にチャレンジしたところ、100問中正解は55問という低正答率...

しかも、正答の内、ある程度自信を持って答えられたのは半分ほど...

(ノ∀`)アチャー

歴史の一般常識として知っているものや、こんな問題(↓)は分かったんだけど...

51. 昭和53(1978)年、横浜ベイスターズ(旧・大洋ホエールズ)は、横浜に本拠地を移したが、横浜の前の本拠地はどこか。
①川崎 ②千葉 ③仙台 ④横須賀

ちなみに、この問題は分かりますか?

97. 神奈川県のマークは、昭和23(1948)年に公募により選ばれ制定された。図案化された文字はどれか。
①神 ②風 ③花 ④海

問題にはマークの画像は載っていないけれど、皆さんご存じのように、神奈川県のマークはこれ(↓)。

20101227_photo_kensyou

これから正解は想像がつかなかった...。

orz

 

2010/12/25

メリークリスマス!

Mr900283729

みなさん、クリスマスはいかがお過ごしですか。

お子さんが小さかったりすると、クリスマスは一大イベントだけど、同窓生の皆さんは、まったりと落ち着いて過ごしていらっしゃる方も多いのではないかと思います。

ふと、子供の頃のクリスマスを思いだしてみると、ケーキではなくて、デコレーションケーキのような形をしたアイスをよく食べてた記憶が...

ウチだけ?

クリスマスツリーは、家に小さなモミの木があって、クリスマス前に父が庭から掘り起こしては鉢植えにしてくれました。

さすがに大変なので数年でやめちゃったと思うけど、本物のモミの木なので、ワクワクしながら飾り付けをしたっけ...。

プレゼントは小学生までだったかな?

バービー人形とか買って貰っ...あ、いや、サンタさんに貰った記憶があります。

何か、クリスマスらしい画像とかないかと思って、適当に引っ張り出したアルバムから、ドイツのクリスマス市を写したものをスキャンしてみました。(本当は、もっといい写真があるんだけれど、ポジのまま紙に焼いていないものが多いので...残念)

 

Weihnachten002_2

これは、1993年で、初めてのドイツ一人旅にして初めてのヨーロッパ一人旅だったので印象に残っています。(画像の場所はフランクフルト)

同じく下の写真もフランクフルトのクリスマス市。

Weihnachten01

焼きソーセージのお店です。(ちょっと大きめの画像にしてあります。)

 

ところで、昨日から楽しみしていたBSベスト・オブ・ベストの番組が変更になっていて、チェコの回がなくなってました...

。・゚・(ノД`)・゚・。

その代わり、というわけではありませんが、夜中だけどBS2で井上ひさし原作の『國語元年』を一挙5回放送するみたい。

当時観ていて、とても面白かった記憶があるけれど、今調べたら1985年(昭和60年)のドラマなので、観たのはもう25年も前!

時の経つのは早い...

2010/12/24

やっぱり工作が楽しい

先日のブログ『ゆず茶』にヨーグルトを使ったパンケーキのレシピを追記しておきました。


昨日(あ、もう一昨日か。以下、今日というのは昨日です。)は、美容院に行くために駅の方へ。

美容院は奥様(受付をなさってます)のセンスで、可愛らしくクリスマスの飾り付けがされてました。

せっかく駅の方に出たので、買い物など、あれこれと用事をしていたら、どっと疲れた...

特に、近々知人に会うための手土産をチョイスするのに悩んでしまった。

我々の親(よりは少しお若い)くらいの男性なのだけど、お酒はあまり召し上がらないし、お菓子を見て回ったけれど、なかなかピンと来るものがなく...。

気さくな方なので、色々なものを少しずつ選んで、自分でラッピングすることにしました。

で、ラッピングに使おうとバスケットを100均に買いに行ったら、全然ない!

あっ!と思って、ラッピング用品のコーナーを見たら、ペーパーやリボンなんかもほとんどなくて焦りました。クリスマス直前だものねぇ。

で、今日は近所の100均へ。(別に100均じゃなくてもいいんだけれど、最近は文具店にはあまりラッピング用品が置いていないんですよね。皆、安い100均で調達するので、需要がないんでしょうね。)

不足しているものを買いそろえて、いよいよラッピング。

こんな感じで詰めてみました。

201012223_gift

あとはセロファンで包んでリボンをかけたらできあがり。

そして、昨日今日と買い込んできた材料を使って、工作開始。

友達にプレゼントするためのリースを作りました。

20101224_wreath 玄関にでも飾って貰おうと、リースにWelcomeの文字を付けたものを作りたいのだけど、文字をどう入れるか、良いアイディアが湧かなかったので、取りあえずリースだけ。

(自然光で写真を撮りたいので、今は画像がないのですが...)

画像をupしました。

バラの造花を使ったので、ちょっと間違えるとウエディングっぽくなっちゃうから、小花の造花をカットして花束を作り、麻紐で結んで...

なるべく素朴な感じが出るように。


20101224_plate01 残った小花の造花は枝を切り離して短くし、花瓶の中に。

実は、木製のプレートを見つけたので買ってきておいたんだけど、リースができあがってみるとバランスが悪いようなので、プレートを付けるのは断念。

でも、衝動的にプレートに絵の具で文字を描いてみたくなりました。

 

本当は、アクリル絵の具の方が発色がいいけれど、ないので手持ちの水彩絵の具を使って、文字の位置だけ鉛筆で印を付けて、ほとんどフリーハンドでエイヤっと描いてしまいました。

失敗しても100円だし...ね


20101224_plate02 で、ちかくでみるとこんな感じ。

絵筆を握るなんて久しぶりだったので、出来はイマイチだけど

まぁ、当初の予定通り素朴な雰囲気になったからいいや。 



以下はブログ主の覚書。

25日(土)午後0:40からBS hiで放送される、『世紀を刻んだ歌ヘイ・ジュード ~革命のシンボルになった名曲~』を録画するのを忘れないように。

10数年前に一人旅して以来、私はチェコが好きで、特に歴史を扱ったドキュメンタリーはなるべく欠かさずに見ています。

この番組は何年か前にNHK総合で観たけれど、ブルーレイで残しておきたいと思って。

コピペだけど内容は、

1968年に誕生したビートルズの名曲“ヘイ・ジュード”。同じ年にチェコスロバキアでは民主化への運動“プラハの春”がソ連軍の侵攻によって断たれた。チェコの歌手、マルタ・クビショバはこの名曲の祖国への思いを込めた歌詞をつけ、ソ連への抵抗を歌った。そのため彼女は政府の弾圧を受け、極貧の生活に陥るが、1990年の無血革命の時、この歌は革命のシンボルとして蘇る。“ヘイ・ジュード”に秘められた知られざる物語を探る。 
語り:ロバート・ハリス(初回放送:BShi 2000/10/4)

というもの。

Marta Kubišováで検索したら、動画を見つけることができたので、貼っておくことにします。

BB(ブリジット・バルドー)みたいでかっこいい 

番組では若き日のクビショバさんがたくさん出てきます。

2010/12/22

も~い~くつ寝ると♪

この時期、どうしても後回しにしがちなもの。

それは年賀状の作成。

葉書は早くから買っておいたのに、ようやく重い腰を上げて作り始めました。

皆さんは年賀状を何で(どんなソフトで)作ってますか?

私は以前はPCにプリインストールされている「筆ぐ○め」とか「筆○め」とかいうソフトを使ったりもしてたけど、どうも操作性が好きではなくて、これまた嫌いなんだけど、Wordで作ってます。

Wordで画像付きの文書なんて滅多に書かないから、たまに画像を扱うと上手くいかず、イライラしながら作ることになります。

で、試行錯誤しながら年賀状を作ったくせに、したり顔でマニュアルなんて作っちゃいました。(webページ『Wordで年賀状-画像を自由に配置する/画像の上に文字を配置する-』

マニュアルのサンプルとして新たに作ったのは、来年の干支にちなんで兎の画像を使った年賀状(↓)。

20101221_pic01_2ただこの写真を使いたかっただけだったりして...

「謹賀新年」の文字は無料で配布されているパーツを利用。

以前もご紹介したことがあるけれど、キヤノンのサイトに色々な素材が提供されていて、今年もお世話になりました。(→キヤノン クリエイティブパーク

(あ゙~、今気付いた。サンプルの住所はナゴヤドームのものにすればよかった...)


それと、今年は早々にお正月の飾り付けもしちゃいました。

まだクリスマスの飾りも片付けていないんだけど...

例によって百均であれこれ素材を買ってきてアレンジ。(香炉と干支の土鈴は元から置いてあるもの)

20101222_01

取りあえず、玄関に飾っています。

鏡餅にどうしても橙(だいだい)を載せたくて、あれこれ考えた末にフェルトで作ってみました。

20101222_02 工作は好きだけど、手芸はなぜか苦手なので、目見当(めけんとう)で型紙も作らずにいきなりフェルトを切って作ったから、近くで見ると適当なのがバレバレ 。まあ、自分では満足してます。

鏡餅に付けた紙のひらひらは紙垂(しで)というそうだけど、これは、小学生の時、運動会用(だったっけ?)に獅子頭を作った経験が生きました。あの時は、しめ縄の紙垂を調べて作り方を知ったのでした。

 

20101222_04

季節の花は、例によって生け花ができないので、造花で適当に。

20101222_03

「なんちゃって茶花風」設えです。

ところで、一番上の画像に写っている土鈴は、佐賀県の「のごみ人形工房」というところの作品で、毎年、大師にある民芸品店で一つずつ買い揃え、犬以外は全て揃いました。(前年の末に父が亡くなったので、お正月の準備をしなかったのです。)

「のごみ人形」は昭和になってできた、比較的新しい郷土玩具ですが、素朴な風合いが好きで、ニュージーランドで知り合ったおじいさんにも毎年一つずつ送っていました。(12個全て送り終わった翌年に亡くなってしまいましたが...。)

「のごみ人形」については、佐賀県のコミュニティサイトに画像が色々とあったのでリンクを貼っておきます。

あと、こちらは佐賀新聞のローカルニュース『「のごみ人形」ウサギの土鈴、製作追い込み 鹿島市』。リンク先に動画ニュースもあります。

2010/12/17

臘月

タイトルは「ろうげつ」と読み、12月の別名です。

臘月 ←こういう字(意味はこちらを参照して下さい→『臘月(ろうげつ)』)

先日、買い物に出たとき、鏡餅が売られていたので、小さなものを2つ買ってきました。そのあと、ホームセンターで小さな三方(さんぽう)を見つけ、帰りに買おうと思っていたら忘れちゃった。次回、買ってこよう。

だんだん、昔からの風習が失われつつあり、私自身もだいぶ簡略化をしているけれど、なんとなく気にはなって、一応、それっぽいことはやっています。

鏡餅って、正式にはどう飾り付けるのだろう?と思っていたら、タイムリーなことに、今朝の日経の付録に「お正月の言葉でひもとく日本のしきたり」という特集がありました。

20101217_kagamimochi_2画像はWikiから拝借したもので、かなり豪華な飾り付けですが、基本は、三方に半紙を載せ、裏白とユズリハを置いて鏡餅を載せ、餅の上に橙(ダイダイ)を載せるのだとか。

ユズリハ(譲り葉)は、新しい葉が出てから古い葉が落ちることから、橙と同じような縁起物とされているようです。

それ以外に、縁起を担いで昆布(「喜ぶ」の語呂合わせ)や串柿(家族の円満を表す)、するめいかを飾ったりもするとか。

飾り方も大事だけど、気をつけなくてはならないのが、飾りつける期日。

28日迄に飾り付けるのだそう。

それは、29日が「二重苦」を連想させるので嫌われており、30日や31日では「一夜飾り」となるためだからとのこと。

肝心の鏡餅の由来ですが、お正月に年神様(新しい年の運気と生命力を与えてくれる神)に捧げるもので、丸い形は神事の鏡、大小の餅は太陽と月の二つの福徳が重なっていることを表すそうです。

ここまで書いて、この特集の監修者の名前を見て思いだしたのが、以前買ったこの本(↓)

 

『なぜ日本人は賽銭を投げるのか』(文藝春秋社/新谷尚紀著)。

この著者による記述でした。

日本の民俗信仰を説明する本で、俗習とか、「これはどういう意味だろう」と思うことの起源などを分かりやすく説明しているので、季節毎にパラパラと捲って読んだりしています。

 

この本からの受け売りですが、12月の別名「師走」は、いかにも新しい言葉のようですが、既に平安時代には、「師も走るほど忙しい」という意味で使われていたそうです。

何がそんなに忙しいのかというと正月を迎える準備というわけですが、その昔は年内に貯まった借金(というか「つけ」)を返すのが重要なことだったそうで、ベイスターズのように、毎年借金を踏み倒していたわけではないのですねぇ。

来年こそは貯金を作ってシーズンを終えますように...

(ー人ー)ナムナム

毎年、「徳政令」を当てにしていては困ります。

と、この顔文字を書いていて、ふと、昨日テレビで見た小野田寛夫さんの特集を思い出しました。

上で「年神様」と書いたけれど、ジャングルにいる間、神仏に頼るということは一切なかったそうで、その理由は、「宮本武蔵と同じ考えで、神仏に頼ると、心に隙ができるから」というようなことを仰ってました。

柔和な顔でそう仰っていましたが、発見された当時の映像を見ると、眼光が鋭く、どこかで見た目つきだなあと思っていたところ、幕末の写真に写っている志士の目がそれでした。

この番組は前から楽しみにしていて観たので面白かったのですが、そのままテレビをつけっぱなしにしていたためにたまたま観た「昭和歌謡黄金時代 ~三波春夫・村田英雄~」というのが、予想に反して面白かった。

特にこの曲(↑)『俵星玄蕃』は聴いていて鳥肌が立ったほど。(←誤用と知りつつ、よい意味で使っています。) YouTubeで見つけたので貼っておこう。

年末と言えば『忠臣蔵』ですものね。

あ、そう言えば、年末(というわけではないけれど)恒例だった、あの番組が帰ってきます。

あの番組とは、「プロ野球好プレー・珍プレー」。

ヾ(゚∀゚ )ノ゙

しかし、ゲストAKB48って...('A`)

2010/12/15

家にいながら...

さすがに、12月も半ばを過ぎると寒くなりましたね。

運動しなくちゃ O0020002010890925660 と、思いながらも、すっかり出不精になってしまい、最近は日常の買い物も門前まで行かずに、近所のミニスーパーみたいなところで済ませがち。

駅の近くでしか買えないようなものは、ネットショップで買い物。

先日も、以前からPCを置いて使っている作業机が手狭だな~と思っていたので、座卓を購入。

(こんなの↓ 画像はショップのサイトから(*´・ω・)コソーリと拝借。)

20101215_chabudai

家に居ながらにして色々なものが購入できるようになったけど、今、頭を悩ませているのは灯油。

ガスファンヒーターが強力すぎて(というか、私の定位置から近すぎて)暑いので、以前からあった石油ファンヒーターを引っ張り出してきて使っているのだけれど、多分、ポリタンク(18リットル?)一杯にしたら運べなさそう...

自分で買ったことがないから、どうやって買うのかも知らないし...

(多分、ガソリンスタンドでセルフで買うんだよね。)

こんな横着な私ですが、昨日は久しぶりに門前の方に行ったら、小学校の前で野口君に会いました。あまり詳しくは書かないけど、授業参観だって。

最近の父兄は大変ですね (´・ω・`)

(あ、今気付いた。 (´・ω・`)の顔文字が、「しょぼーん」で変換できる!

(`・ω・´) は「しゃきーん」で。) やるじゃない、ATOK。 

って、冷静に考えたら、こういうニーズにも応えなくてはならないJustsystemは大変だなあ...。本当は変換精度なんかで勝負したいだろうに...。

さてさて、石油ファンヒーターの話に戻りますが、家族が買ったもので取説も見当たらないし、ネットで検索したら、『重要なお知らせ』というのが見つかりました。

サンヨー・ユアサ・NEC製石油ファンヒーターご愛用のお客さまへ

平成6年から平成7年に製造し、販売致しました石油ファンヒーターにおきまして、...(中略)...このため、無料にて点検・部品交換をさせていただくことに致しました。

だって。

早速、電話をかけて点検をお願いしたけれど、ファンヒーターをよくよく見たら94年製...。

こういう古い製品まで責任を持たなくてはならないなんて、メーカーは大変ですね。

こんなことがあるから、『ソニータイマー』なんて都市伝説がまことしやかに囁かれちゃうんでしょうね。

そう言えば、10年ほど前だかに、父親から譲り受けて長年愛用していた一眼レフカメラ(Nikon EL2/1977年(昭和52年)5月発売)をオーバーホールに出したら、機械自体は問題なかったけど、部品が摩耗していたりしたのを、部品がないからと手作りで修繕してくれたのを思い出しました。

さすがに、「次回の修理はしかねます...」みたいなことを言われたので、F100を買ったことだし、大切にしまってあるけれど、たま~に取り出して眺めたりしてます。

こういうことがあったので、ずっとNikon党。

そんな私も、ブログに載せる写真は、多分、画素数なんかでもケータイに負けるような、おもちゃみたいなデジカメ。

ああ、堕落した...

2010/12/13

スクラップの整理

正確には、新聞や広告の切り抜きの整理、かな?

ブログ主は、レシピとか、気になった記事などで残しておきたいと思うものは切り抜いて(というか、もっと適当に、そのページを抜き取って、フォルダに突っ込んでいます。

で、た~まに、その中のものを“格上げ”します。

“格上げ”というのは、例えばレシピ等、実際にその料理を作って、これは今後も時々作りそうだと思うものは切り抜いて(必要ならコピー紙なんかを台紙にして貼り)、ルーズリーフ式のクリアフォルダに入れて、ルーズリーフにファイルします。

ルーズリーフを使用するのはページの移動が楽だし、レシピなら、料理をする際にそのページだけを外して見るということが可能だからです。

で、“格上げ”前は、こういう感じのボックスとフォルダ(↓)に入れておくだけで、大抵のものはここに入ったまま。

20101213file_box 20101213paper_holder

実際に使っているのは、フォルダは両端にフック状のものが付いていて、箱の端に引っかるもので、これがある方が、フォルダがしなって曲がり、いつの間にか沈み込んでしまうのを防いでくれます。(だからボックスも段ボール製ではなく、ポリプロピレンのしっかりしたものを使っています。)

これに至るまでは色々と試行錯誤していて、以前はある程度ジャンル別に分類したクリアフォルダに放り込んだりしていたのですが、切り抜き以外にも、ちょっとした書類などを挟むのにクリアフォルダを使っているので、目的のフォルダを探すのに、クリアフォルダの束をバサバサとひっくり返すことになって時間が掛かり、不便でした。


これと同じような発想で、ネット上の情報とか、覚書として一部分を切り取っておきたいもの(※)やコピペ(コピー&ペースト)しておきたい文言なんかは、Excelに貼り付けたり、メモ帳にコピペして、日付と簡単なタイトルを付けてフォルダに放り込んでおきます。(ファイル名の先頭をyyyymmdd形式の日付にするのは、こうすることで並び替えが簡単にできるからです。下図参照)

20101213_memo_window

※例えば、ネットショッピングで買い物をしたときに表示される確認画面など、ウィンドウに表示されている内容そのものをスクリーンショットを撮っておけば、注文番号をメモする代わりになります。(下図参照) 

スクリーンショットは、Prtscキー(アクティブウィンドウだけなら、ALTキー+Prtscキーとか、これはPCによって異なります)を押すことで一時的にクリップボードという場所に保存されるので、Excelを開いて適当に貼り付けておきます。

20101213_excel

で、頻繁に使うフォルダはショートカットだけをデスクトップ上に置いています。

20101213_desktop_2

ショートカットをデスクトップに置くのは、ブログ主が、一時的な作業をデスクトップで行うことが多いからですが、デスクトップにアイコンを置くのを嫌う人もいるみたいですね。

確かに、デスクトップにアイコンがたくさん並んでいると、デスクトップを表示するのに時間がかかるので、あまりお薦めはしません。私も必要最低限のアイコンだけにしています。

ここから先は、PCをよくご存じの方は読み飛ばして下さって結構です。

ショートカットアイコンを作るには、そのフォルダなり、ファイルなりの上で右クリックして表示されるメニューから「送る」→「デスクトップ(ショートカットを作成)」を選択します。(ブログ主のPCはOSがXPなので、OSが違う場合は操作が異なるかも知れません。)

20101213_shortcut_sakusei

ところで、画面いっぱいに何かのウィンドウ、例えばInternet Explorerなんかを表示しているときとか、デスクトップを表示させるのに困ったことはありませんか?

意外とご存じないようなのですが、デスクトップを表示させるショートカットキーがあります。

それは、Windowsキー+D

ここでは、「+」は同時に押すことを意味します。つまり、Windows(ウィンドウズ)キーを押しながら、「D」のキーを押します。

Windowsキーとは、キーボードの左手前の方にあるフラグのような絵の付いたキーのことです。(下図参照)

20101213windows_key

ブログ主はせっかちなので、キーボードを使っているときはショートカットキーでいいけれど、マウスを握っているときは手を離したくないので、「デスクトップの表示」アイコンクイック起動バーに置いて、それをクリックしています。(赤丸でマークしたアイコン)

20101213_quick_kidou

クイック起動バーはデフォルトでは表示されていないので、これを表示させるには、以下のように行います。

  1. タスクバー上で右クリックして表示されるメニューから「プロパティ」を選択します。(タスクバーとは、「スタート」ボタンの横の帯状のエリア)

    20101213_quick_1

  2. 「タスクバー」タブを開いて、「クイック起動を表示する」にチェックを入れます。
    20101213_quick_2

これで、自動的に「デスクトップの表示」アイコンが表示されるはず。

以下はブログ主の覚書。

実はこの説明を作るために色々いじっていたら、誤って「デスクトップの表示」アイコンが機能しなくなってしまいました。 それで、復旧させる方法を調べたので、簡単に書いておきます。

  1. クイック起動バーの内容は、下記の場所にあります。(PATHのみを記述しておきます。エクスプローラ等を使って開いて下さい。)
      
    C:\Documents and Settings\●●\Application Data\Microsoft\Internet Explorer\Quick Launch
     
    (●●はユーザ名)
     
    エクスプローラは「スタート」メニューの上で右クリックして表示されるメニューにあります。

    20101213_quick_4
     
    上記PATHに従って開くと、数のようにクイック起動の内容が表示されます。
      
    20101213_quick_3_2

  2. ここに、メモ帳を使って、下のように記述し、そのファイルに「デスクトップの表示.scf」と名前をつけて保存します。

[Shell]
Command=2
IconFile=explorer.exe,3

[Taskbar]
Command=ToggleDesktop

これで無事に復活しました。

2010/12/12

ゆず茶

最近、ゆず茶というものにハマッテます。

ジャム(マーマレード)のような状態で、お湯に溶いて飲むだけ。

韓国では手作りもするようで、作り方を調べたら、柚の皮を刻んで砂糖となじませ、瓶に詰めてゲル状になるまで一週間ほど置くだけみたい。多分、柚に含まれているペクチンでゲル状になるんでしょうね。

売っているのは蜂蜜も入っていて、お湯に溶かすとはちみつレモンみたいな味になります。

そのままでも、糖度はだいたいジャム(マーマレード)と同じくらいなので、パンに載せたり、ジャム代わりにも使えます。

ブログ主はホットケーキの中に入れたりもします。

ホットケーキ生地を2/3程フライパンに入れたあと、数カ所にスプーンでゆず茶を置いて、更に残りの生地をかけて焼くだけ。(厚くなるので蓋をして焼いた方がいいかも。)

ホットケーキはホットケーキミックスなるものが簡単に手に入るので、それを使うことも多いけれど、自分で作る場合は、

  • 小麦粉: 1カップ=200cc(100g)
  • ベーキングパウダー: 小さじ1
  • 砂糖: 50cc(30g)
  • 塩: 小さじ1/4
  • 卵: 1個
  • 牛乳: 50cc

でいいみたい。ゆず茶の甘みがあるので、メープルシロップがなくても、そのままで頂けます。

2010/12/23追記

コメントに書いた『リンゴのフライパンケーキ』のレシピです。フライパンで作れます。

コメントに砂糖を入れないと書いたけど、記憶違いでした。

m(_ _)m

試したことはないけれど、ホットケーキミックスを使って、牛乳の代わりにヨーグルトを使い、いつものホットケーキと同じ堅さの生地にしても作れそうです。

一度に作らず、数枚に分けて焼いてもOKです。(一度に作ると、ひっくり返すのが結構大変です。)

【材料】(6人分)

  • リンゴ小2個/砂糖大さじ3杯
  • 卵2個/砂糖大さじ6杯/小麦粉100g/ベーキングパウダー小さじ1杯/ヨーグルト80cc(90g)/バター30g

【作り方】

  1. リンゴは4等分し芯を取り、5mm厚さに切る。耐熱ボウルに砂糖大さじ3杯と一緒に入れ、ラップをせずに電子レンジ(500W)で4分加熱する。一度全体を混ぜ、さらに3分加熱する。冷ましておく。
  2. 卵を溶きほぐし、砂糖大さじ6杯を加え、よく混ぜたらヨーグルトを加える。
  3. 小麦粉とベーキングパウダーを合わせ、②にふって加える。
  4. ざっと混ぜたら、リンゴと溶かしたバターを加え、全体を混ぜ合わせる。
  5. 油を薄く引き温めたフライパンに④の生地を流し、平らにして蓋をし、弱火で7~8分焼く。返して5~6分焼く。
  6. 好みでメープルシロップなどをかけて召し上がれ。
 

以下はブログ主の覚書。

年末、BS hiでは『BSベスト・オブ・ベスト』と題して、過去に放映したスペシャル番組で評判の良かったものを再放送しています。

今日は、

■白夜の大岩壁に挑む ~クライマー山野井夫妻~

世界最強と称された登山家・山野井泰史、日本人女性クライマーの第一人者・妻の妙子。致命的なけがから5年、2人がグリーンランドにある未踏峰の大岩壁に挑んだ姿を記録した。(初回放送:BShi 2007/11/18)

というのが面白かった。

このご夫妻は沢木耕太郎の『凍』という本でも有名です。

この後、録画して保存版にしたいのが、

■12月12日(日)深夜0時20分~(13日 午前0時20分~)
野茂英雄 200勝の軌跡(1)(2)
野茂英雄200勝の軌跡。メジャー名勝負のハイライトを伝える。
(初回放送:BS1 2005/6/26)

■12月16日(木)午後8時5分~
生き抜く 小野田寛郎
太平洋戦争が終わってからもフィリピン・ルバング島で戦い続けた小野田寛郎。戦前、戦中、戦後と激動の時代を生き抜いてきた小野田氏に徹底インタビューし、人生の真相に迫る。(初回放送:BShi 2005/5/24)

多すぎてピックアップしきれない (´・ω・`) 

2010/12/06

野球はこわ~い!

ちょっとこの場を借りて、音声ファイル(mp3)の貼り付けテスト

「20101104_koushien.mp3」をダウンロード  

 で、この後こうなる
    ↓

20100930

村田 藤川球児から逆転スリーラン@甲子園 2010/09/30

矢野の引退試合をぶちこわしたHR。矢野には気の毒だけど、実況がうざいので、

ザマァ~!

多分、最後の一人でキャッチャーを城島から矢野に代えて、藤川球児とバッテリーを組ませ、引退に花を添えようとしたのだと思うけど、取らぬ狸の皮算用。逆転されちゃったので、それができなくなってしまった。

嫌なことがあったらこれを聞こぉっと 

のどかな春でございます

「冬に何を言っているんだ」と思われるかも知れませんが、この言葉は昨晩観た『坂の上の雲』での印象的なシーンの台詞。

ドラマの中では正岡子規の心象風景のように、やや唐突に挿入されるけれど、ドラマの進行に沿って原作を「拾い読み」ながらも再読しているので記憶していて、数行でしか語られないエピソードをよく映像化してくれたなあと、原作を読んでいる者にはサービス的なカットでした。

原作では、キューバまで行ってスペインとの海戦を見た淳さん(秋山真之)の、文字通り世界を股にかけて活躍している様に思いを馳せながら、六畳一間とそれに続く小庭が昇さん(子規)の世界の全てで、そこで、短歌俳句界の思想を一変させようと戦っている...

そんな対比の中で「ついでながら」と挿入されるエピソードです。

子規の玄祖父にあたるひとは松山藩のお茶坊主で、一甫(いっぽ)といった。初春の回礼に知人の家々をまわるとき、かならずえりに寒梅の枝を挿し、『のどかな春でございます』といってまわったという。

病を押して文学と戦っていた一方、本来「のどかな」という心境に憧れていたという子規が、

芽生えの苗をみながら、花のさく年を待っている。そのころには地上にいないかもしれないとおもいつつ。

子規はこの玄祖父の話が好きで、よく人に語っていたとか。

この部分は玄祖父という言葉を知らず、電子辞書で調べたので、短いけれど印象に残っていました。

確認のために、もう一度辞書を引いてみたところ、玄祖父(げんそふ)の「玄」とは、一義では「か細い様」を表すそうで、「玄孫」(げんそん:曾孫=ひ孫の子、つまり孫の孫)という言葉もありますが、「か細い末(すえ)の孫」という意味だそうです。だから、子規からみたら玄祖父はおじいさんのおじいさんですね。

ちなみに、「玄」という文字の「幺」(よう)は「細い糸」の意で、-(横線)を引いた上にちょこんと一部だけ見えるから、「よく見えない様を示す」会意文字です。

BSの先行放送で既に第七回の「子規、逝く」も観てしまっているのですが、原作ではそれほど多く語られない子規の家族、特に妹の律を丁寧に描いているのは好感が持てます。

児玉源太郎が乃木希典の家を訪ねる部分で描かれる市井の人々もそうですが、ともすれば、高官や武人、良家の子女といったエリートだけで進行するドラマで、庶民がどういう生活をしていたのかが垣間見られ、また、封建時代の名残も感じられて、地に足がついたドラマになっていると思いました。

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