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2010年6月の6件の記事

2010/06/29

塀の中のサッカー

昨日(6月28日)の日経朝刊文化面に『寛容貫いた捕虜収容所』というタイトルで、第1次世界大戦中、中国の青島で捕虜となったドイツ軍が収容された「板東俘虜収容所」に関する記事、と言うか寄稿文が掲載されていました。

それで、5年ほど前に『日本におけるドイツ年』の一環として開催された、ドイツ軍捕虜の資料展に行って、板東俘虜収容所のことを知り、非常に感銘を受けたことを思い出し、その時に入手したパンフレットをパラパラと読み返してみました。

青島の捕虜について簡単に補足をすると、1914年9月、英軍および英国領インド軍と共に青島に向けて進軍した日本軍は11月7日に青島要塞を陥落させ、この時、約4,700人のドイツ軍兵士(内300人程はオーストリア=ハンガリー帝国兵士)を捕虜とします。

捕虜は幾つかの捕虜収容所に分けられましたが、その中でも特に有名なのは、徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所です。それは、所長であった松江豊寿(まつえとよひさ)中佐(後に大佐)の指揮下、捕虜達を人道的に扱ったためですが、日経の記事にもあるように、松江豊寿という人は、会津の出身で、敗者の痛みを理解していたからと言われています。

ここで、1920年1月に解放されたドイツ兵士が収容所を去るに当たって述べた言葉をパンフレットから引用すると、
 

いよいよお別れの日が参りました。敬愛する松江所長、貴兄はかつて、人は誰かと縁で結ばれているというような話をされたことがありました。今我々は、貴兄のような方とご縁があることを心底からありがたく思う次第であります。(中略)
「我ら皆兄弟とならん」我々はこの言葉を、貴兄を思い起こす度に心の中で繰り返すでありましょう。(後略)

 
板東俘虜収容所のことを知らなくても、ベートーベンの第九が初演された収容所と言えば、思い出す人も多いのではないかと思います。確か高橋英樹主演で、このエピソードが映画化されまていしたね。

ドイツ人捕虜達は、板東ほどではないものの、どの収容所でも比較的自由を許され、収容所内で、文化的且つ経済的な活動を行っていたそうです。と言うのは、捕虜の大半は予備役兵や志願兵、つまり民間人だったので、様々な技能を持っており、それを生かして商店のようなものも作られたり、コンサートやスポーツ、あるいは、料理教室や語学や経済学などの講義も開かれて、日本人も参加していたようです。

現在開かれているサッカーワールドカップで、昨日はドイツチームの圧倒的な強さを見せつけられましたが、どの収容所内でもサッカーは盛んで、板東俘虜収容所でも、4~6チームが作られて近所の子供達にもサッカーを教えたそうです。

調べたら日本にサッカーが紹介されたのは19世紀後半らしいのですが、この頃には日本中に広まっていたようで、捕虜チームと姫路の教員養成所チームとで行った試合について、捕虜の一人が証言しています。

それによると、1回目の試合は6-0でドイツの勝ち。日本チームが雪辱戦を希望して行われた2回目は2-2の引き分け。これに勢いづいた日本チームがもう1試合挑んだところ、8-0でドイツの勝ち。実は、2戦目はドイツチームのキーパーとフォワードが仲違いをして試合に参加しなかったので、それがよいハンデになったようです。

さてさて、今晩はウルグアイ戦。なかなか勝てる相手ではないと思うけど、よい試合になるように祈ってます。

サッカーついでに、面白動画を一つ。北朝鮮と対戦したコートジボワールのエブエ選手。ジワジワきますw

2010/06/15

えっ、『六甲おろし』って川崎発祥だったの!?

13日夜は、せっかく7年ぶりに帰還する「ハヤブサ」をライブで観ようと思ったのに、サイトはアクセスが集中したのか、激重で、その瞬間は観られませんでしたが、代わりに別のサイトで、管制室の中の様子を見ていて、小惑星探査機の大気圏再突入の瞬間は、スタッフが拍手するシーンで感激を味わいました。

そもそも、「ハヤブサ」の帰還は、新聞でそのことを知った後に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のサイトで見つけた動画を観たことで興味を持ったのですが、その動画というのが、『小惑星イトカワの姿』というもの。

(画面が小さいので、動画を再生する場合は、上の画像の上ので右クリックをして表示されるメニューから、“Watch on YouTube”を選択して、YouTube上で観ることをお薦めします。更に、画面を大きくして、解像度を480pにした方がいいかも。高画質なので、大きいスクリーンでも綺麗です。)

この動画を観ると、「そもそも、何故ターゲットが『イトカワ』なのか」、「『イトカワ』を探索する意義」というのがよく分かります。21分39秒と比較的長いし、お子さんにも楽しめると思うので是非一緒にご覧になって下さい。

ちなみに、小惑星「イトカワ」の名前は日本の宇宙開発の父と呼ばれる糸川英夫博士にちなんで命名されたもので、「ハヤブサ」も、糸川博士が設計に携わった戦闘機「隼」に由来するので、試作機が作られた1938年から70年近くの時を経て、糸川博士と隼が再開した訳ですね。

関係ないけど、戦闘機とか戦艦の名前って、格好いいですね。『大和言葉』の響きのなせる技でしょうけど。

ところで、今日は、大師支所に行って健康保険の手続きをしてきました。窓口で申請したら5分ほどで保険証を発行してくれるというスピードにビックリ。

待っている間、暇つぶしに資料コーナーを見ていたら、『大師すごろく』というのを見つけ、隣にあった『川崎宿すごろく』、『田島すごろく』と併せて貰って来ました。

双六の形で、地域の史跡等を巡るというもので、裏面に各史跡の説明やコラムも書かれています。

そこに、浅野総一郎、当麻辰次郎といった懐かしい名前(←小学校の授業で習った人物)に混ざって、佐藤惣之助という名前を見つけました。

現在の川信(川崎信用金庫)本店の辺りに、江戸時代、佐藤本陣という宿屋(正確には、本陣なので、公家や大名が宿泊する公的な宿)があったそうです。そして、明治にこの家で生まれた佐藤惣之助という人は詩人で、阪神タイガースの球団歌(?)である『六甲おろし』は、この人の作詞によるものだそうです。

( ・∀・)つ〃∩ヘェーヘェーヘェー

川信の裏、砂子通りの脇には佐藤惣之助の石碑もあるようです。

『六甲おろし』と言えば、先日書いた『ブブゼラ』もそうですが、野球の応援も独特ですよね。高校野球なんかの応援でも、原曲はそうでもないけど、ブラバンの演奏で『狙い打ち』とか『夏祭り』などの曲を聴くと、季節の風物詩みたいな気がして盛り上がります。

賛否はあるでしょうが、外国人選手の中には、個人の応援歌があることに感激する人もいるらしいし、鳴り物応援は、野球、特にプロ野球とは切り離せないものなのかも知れません。

さて、ワールドカップ。

時間の許す限りはTVで観戦して楽しんでいます。

で、イングランドのキーパーがやっちゃいましたねぇ 

新聞で読みましたが、イギリスの新聞では相当叩かれているようです。大衆紙のようですが、有名なマラドーナの『神の手』(“Hand of God”)をもじって、“Hand of Clod”(のろまの手)などと揶揄した見出しを付けたり、高級紙でさえ、メキシコ湾原油流出事故で使ったフレーズ(らしいのですが)に掛けて、『Dempsey's goal was “one disastrous spill the Yanks won't complain about.”』等と書いているそうです。(Dempseyはシュートを放った米国選手なので、『アメリカ人が抗議しない悲惨なポロリ』みたいなノリでしょうか。)

日本の新聞は、スポーツ紙が面白い見出しやキャプションを付けますが、大体駄洒落ですよね。(すぐに色々と思いつかないけど、『トマ損』とか...古すぎるか... )

こういう、選手を揶揄するものは、見出しではなくてあだ名だけど、北京オリンピックでエラーをした選手の登録名をもじって、エラーをした選手に『GG○○』(○○は選手名)とか、ワールドカップドイツ大会で決定的なシーンでシュートを打たなかった選手の迷言をもじってQBK(急にボールが来たので)とか。このへんはネットスラングかな?

かつては、『暁の超特急』とか『富士山のトビウオ』とか、どれも古いけど、格好いいものがあったのにね。

新しいニックネームが付けられるような、日本選手の活躍を祈ってます。

なんだか、ダラダラといつものようにとりとめもなく書いているけど、ワールドカップで思い出した、フランス大会の思い出。

たまたま大会期間中に、ベルギーに旅行をしたのだけれど、丁度、フランクフルトでのトランジットの時間が日本vsクロアチア戦でした。パブみたいなお店にテレビがあったので、日本人とクロアチア人の旅行客で一緒になって観戦。負けてしょげている私たちをクロアチアの人が慰めてくれたっけ...

あの時は、何も知らなかったので、マスコミに踊らされて、「クロアチアには勝てる!(キリッ」と思い込んでいたっけ...

(´-`).。oO(遠い目

その後、ドイツの知人宅を訪問したときには、たまたまドイツvsメキシコ戦がありました。家族や親戚(但し男性)が、一件のウチに集まって応援してました。(こういう時、女性陣はショッピングとか観劇に出かけちゃうようです。)

驚いたのは、応援のために部屋に国旗を飾りつけたり、鳴り物を用意して応援ムードを高めて観戦するんです。

ポポポポポ( ゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)ポカーン…

ドイツが勝利すると、ラッパを吹き始めたり...。もちろん、すかさず近所から「うるさい!」と怒鳴られてました。

(ノ∀`)アチャー

 勝利を目指してガンバレニッポン!

2010/06/11

南大師ジュニアソフトテニスクラブ

原田君からメールを頂きました。

原田君が監督を務める南大師ジュニアソフトテニスクラブの広告が、タウンニュースという、今朝(11日)付け新聞の折り込みチラシに掲載されるとのことでした。

記事部分をスキャンしたので掲載します。

クラブ名に『南大師』とは付いていますが、練習場所が南大師中中心ということらしく、参加者は広く募っているので、ご興味がおありでしたら是非。

20100611_tennisclub

(画像は読みやすいよう、差し支えない程度に拡大してあります。)

中学時代も同級生でしたが、はテニス部で活躍し、クラス委員なども務めていた方なので、人柄などは保証します!

2010/06/09

やっぱり新撰組って...

先日、藤江君のお宅にお邪魔し、一緒に飲みました♪

美味しいお料理とお酒、楽しいおしゃべりで、ついつい長居をしてしまって 

そして、浅田次郎の『壬生義士伝』の本をお借りしました。(実際は文庫本上・下巻の2冊)

読み進める内に、

涙腺決壊 ・゚・(つД`)・゚・ 

 

新撰組に興味を持ったのは、中学生の時で、関連本を何冊も読んだので、この本が出たときは、「もう、新撰組はお腹いっぱい」と思ってたけど、やっぱり、いいわ~

映画やドラマにもなったし、既に本を読んでご存じの方も多いかもしれませんが、南部藩(盛岡藩)の足軽から脱藩し、新撰組に入隊した吉井貫一郎という人を扱った作品で、この本の下敷きに使われているエピソードは、子母沢寛の創作らしいのですが、それを、泣かせる作家、浅田次郎が珠玉の作品に仕立てています。

動画サイトで、ドラマも見ちゃった。(30本以上に分けてupされているので、実際はまだ全てを見終わっていないのだけど...)

渡辺謙が格好良すぎて  泣ける 

新撰組のサイドストーリーとも言えますが、『佐幕』-『勤王』という、決して単純な二元論ではないことすらあまり説明されていない『龍馬伝』を見ていて感じるモヤモヤを晴らしてくれるし、日本人の琴線に触れる題材です。

天皇からの信任の厚い松平容保を擁する会津が一夜にして朝敵になったり、奥羽越列藩同盟の各藩の悲哀も描かれるので、(多分『龍馬伝』では触れられない)幕末の一面を知るのにはよい作品かと思います。

やっぱり、日本人だから判官贔屓なのね 

ということで、

弱いものいじめ (´;ω;`)イクナイ!

ソフバンさん、今日はベイスターズを勝たせてね。

(と、書いてる間にも1回裏に3点も取られた...)

もう一度言う!

弱いものいじめ (´;ω;`)イクナイ!

 

ところで、この本では、龍馬を殺した犯人は誰かという仮説が立てたれています。これも、推理として面白いかも...

それと、『龍馬伝』で出てくる、飄々と人切りをする沖田総司、これもこの本をモデルにしてることが分かりました。

2010/06/05

紫陽花

最近、空気が湿り気を帯びてきて、梅雨の季節が近づいてきたことを感じます。

庭の紫陽花も色づいてきました。

20100605_ajisai

ウチの紫陽花は、小学生の時に自分で挿し木をして育てたもの。鉢植えでは手に負えなくなって、地植えにしてしまいました。

2カ所に植えているけど、ブルー一色になるのは、庭の土壌が酸性ということかな?

我がベイスターズは、最近イマイチ...

楽天に0-12の大敗、5位陥落...

 

(∩゚д゚)アーアーキコエナーイ

 

チャンネル変えたら、サッカーは負けてるし...

il||li(つω-`。)il||li

現実逃避をしようと、使わないシーツで、ネルみたいな肌触りのものを使って、枕カバーとかクッションカバーを作り始めました。

とは言っても、袋状に縫うだけで、長い部分は折り返して使います。

ミシンを持っていないので、運針の要領で手縫いしようと久しぶりに針と糸を手にし、指ぬきを使おうと思ったら、

「どの指に刺すんだっけ...?」

試行錯誤する内に、小学校の家庭科でやった要領を思い出して、ガシガシと縫って作りました。

話は全然変わるけど、ガムのCMで、「噛むんとニャンニャン♪」というの。

歌詞は変なんだけど、何となく耳に残るメロディーだと思ったら、『オオカミ少年ケン』の主題歌だったのね。

2010/06/03

更衣

最近、朝晩はまだひんやりとするけれど、日中は半袖でも丁度いいくらいの気温になりました。

さすがに冬物が出ていると、見た目にも暑苦しいので、ブーツを磨いてしまったり、ウールのセーターはもちろん、ちょっと厚手のコットンセーターとか洗濯し、後は仕舞うだけ。

そう言えば、6月1日は学校などの更衣(衣替え)ですね。

6月1日というのは、明治時代の官庁で、この日冬服から夏服に制服を改めたのが始まりとか。(更衣自体は、平安期の宮中や武士の風習に由来するそうですが。)

この辺りの蘊蓄が新聞のコラムにあったような気がして探したのですが、見つからないので、辞典を引いたら、近世では年に4回も更衣をしていたそうです。(コラムに書いてあったのもこのこと)

旧暦9月9日から3月末までは『綿入れ』、4月1日から5月4日までは『袷』(あわせ)、5月5日から8月末までは『帷子』(かたびら)や『単』(ひとえ)、以降9月8日までは『袷』となっていたそうです。

あ、そう言えば、『四月朔日(一日)さん』と書いて、『わたぬき』さんと読みますね。これは、『綿抜き』から来ているんですね。

上に書いたように新聞の記事を探していたら、別のコラムで、『六月一日さん』という姓があることを知りました。この時期に瓜の実が張ってくるからだそうです。

先日、冬に床に座って生活できるよう購入したホットカーペットの上敷きも夏用に買い換えました。冬用のより、ちょっと小さくて一畳半用。

『起きて半畳、寝て一畳』と言うけれど、この上に小さなテーブルを置いてノートPCを使うので、私の場合、『起きて半畳、寝て一畳、パソコン置いても一畳半』です。

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